先端芸術表現科 2026

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M.Oさん

合格大学:
東京藝術大学 美術学部 先端芸術表現科 現役

出身校:八王子学園八王子高等学校

『残り時間がわずかでも』

私は、絵画・デザイン・造形・作詞・作曲など、沢山の芸術分野の作品を作るのが好きでした。そのため、そのどれもを学ぶことができる学科を選びたいなと考えたのが、先端芸術表現科を目指したきっかけでした。高校2年生の夏に先端芸術表現科を目指すことを決め、高校3年生の4月から高校で対策を始めたことで、私の受験対策はスタートしました。すいどーばた美術学院には高校3年生の夏からお世話になり、夏期講習、後期、入試直前講座を受講していました。

高校では美術コースに所属していたため、デッサンや作品制作は高校1年生の頃から経験を積んでいました。高校3年生の夏からどばたオンラインコースと高校の両方にお世話になりながら、先端芸術表現科に合格するために必要なピースを揃えていく作業をしていきました。

そんな受験期の中で、私が最も苦しいと感じたのは、作る作品の全てが、独自性のないありきたりな物に仕上がってしまうことでした。個人資料ファイルに載せる作品の制作や総合実技対策をする度に、この問題にぶつかり、苦しくなり、落ち込みました。何よりも辛かったのは、12月になってもこの壁を越えられずにいたことでした。この時期は、高校とどばたのデッサンコンクールの両者ともいい成績を残せなかったことも重なり、現役合格をする自信がほとんどなくなっていました。

しかし、予備校の先生方や高校の先生方、友達にアドバイスを沢山貰ったことで、私の作品にしか出せない魅力に気づいていくことができました。「この作品の造形は面白いから、そこにフォーカスを当ててみるのはどうか」「作品制作で得た気づきが面白いから、コンセプトをその気づきに寄せてみてはどうか」。私だけでは気がつくことができなかった私の強みを活かし、作品を完成させていくことで、ついに独自性が出せないという壁を乗り越えられたのだと思います。

ひとつでも納得の行く作品が作れたら、それが自信になり、数珠繋ぎで他の作品もデッサンもよくなっていきました。原動力になる自信を作るきっかけを与えてくださった予備校の先生方、高校の先生方、友達、12月まで作品に自信が持てずに落ち込んでいた私を見て諦めずに応援してくれた家族には、感謝の気持ちでいっぱいです。

これから受験をする方にも、私と同じような壁に遭遇する人がいるかもしれません。しかし、受験生は受験日前日まで変化する力があります。最後まで諦めずに自分の強みを模索して、何より自分が変化していく状況を楽しんで、入試に臨んで欲しいです。

R.Nさん

合格大学:
東京藝術大学 美術学部 先端芸術表現科 現役
武蔵野美術大学 造形構想学部 映像科
東京造形大学 造形学部 デザイン学科 写真専攻領域

出身校:N高等学校

『ずれの中に現れた自分』

私は高校二年の冬、先端の冬季講習をオンラインで初めて受講しました。そして高校三年の春から、どばたに週五日通い始めました。

私は作品制作はもちろん、自発的に文章を書いたことすらほとんどありませんでした。そのため当初は、講師の話している内容があまり理解できていなかったように思います。講評中だったり、小論文の課題文を読んでいる途中に眠ってしまうこともありました。

私にとって一つの転機となったのは、1学期の振り返りシートにあった「自分にとってのライバルは誰か」という質問でした。どばたの生徒や講師、有名なアーティストの名前を思い浮かべてみても、特にライバルと呼べる存在が見つからず、その時は適当な講師の名前を書いて提出しました。しかし、この問いに答えられなかったことにずっと引っかかっていました。

当時の私は、自分が作品を作っている存在であるという認識が希薄で、他の作品を作っている人と自分を同列に並べられなかったのだと思います。この出来事をきっかけに、私は他の生徒全員を「受験生」としてではなく、「アーティストとしてのライバル」と仮定して過ごすようになりました。

この仮定のもとで、私は他の人の作品や発言を意識的に観察し、分析をするようになっていきました。他の人の作った作品に対しても、「私ならここをもっとこうするのに」とか、「私なら絶対にこんなことしないのに」など、色々考えていました。加えて、ポートフォリオの制作時期には、それまでの小論文で書いていたエピソードや作品をもとに、関わりの多かった他の生徒の志望動機を勝手に作ってみたりもしました。
ここで私がしていたのは、他人を理解することではなく、他人を材料にして自分の考えを確かめることだったのだと思います。分析しているつもりでしたが、そこには知らないうちに私の視点が入り込んでいました。

こうした他の生徒への分析や、「自分ならどうするか」という思考を繰り返す中で、他の生徒との違いから、自分の関心や考え方の傾向を見つけていきました。もともと私は、自分が何を作りたいのか、何に興味を持っているのかが分からない状態でしたが、この過程を通して、徐々に自分の輪郭のようなものを認識していきました。こうして獲得した視点は、受験だけでなく、今後の制作にも活かしていけるものだと考えています。
どばたでは、さまざまな人がそれぞれの方法で私と関わってくれました。自分の考えをうまく言葉にできないときでも丁寧に話を聞いてくれた講師の方々や、支えてくれた友人にはとても感謝しています。ありがとうございました。

A.Mさん

合格大学:
東京藝術大学 美術学部 先端芸術表現科 現役
東京造形大学 造形学部 デザイン学科 メディアデザイン専攻
東京工芸大学 芸術学部 インタラクティブメディア学科、ゲーム学科

出身校:福井県立武生高等学校 普通科

『自分を疑い、自分を信じる』

私は高校1年生の冬に顧問の先生に先端芸術表現科を勧められ、調べていくうちに興味を持ち、志望することを決めました。デッサンは1年生の春から部活の時間にコツコツ続け、2年生の夏にどばたの基礎科のデッサンコースを受講しました。3年生では春期講習と夏期講習を本校で受講し、1学期はオンラインコースで制作、2学期と入試直前講座では制作に加え一次対策のデッサンを受講していました。
高校3年生の春、オンラインで頑張ろうと決めた時、本校に通えなくて普通科の私は「他の生徒より人一倍頑張らないとヤバいな…」と思っていました。「予備校ですら頭一つ抜けられていない奴が、受験の場で選んでもらえるわけがない!」という気持ちで、どばたの授業は一日も休まず、先生や他の生徒の方々の意見を一言もこぼさず素直に聞き入れることを大切にしていました。高校と予備校の課題との板ばさみで、高校にはかなり遅刻していたかも…辛いこともありましたが、「大手のどばたのカリキュラムを一つ一つ丁寧にやり切れば、合格できるようになっているはずだ!」と食らいつきました。めちゃくちゃ辛くても作品は提出して、講評も必ず全部受けました。おかげで入試直前期に作品数が足りないということはなく、ポートフォリオの制作に集中できて、受験直前が一番精神的にも安定していたと思います。
高校との両立について、どばたは絶対休まないと決めていた分、私はここがしんどかったです。周りがシャーペンでカリカリしているところ、自分一人だけドリルをもったりしないといけない受験期でした。周りの子に遊んでいると思われているんじゃないか、と不安になることもありました。使わない教科の先生に「藝大に行きたいので、この時間は別の教科をやらせてください」とお願いしに行ったりもしました(こっそりやるのは罪悪感がわいたので)。もう受験期は「俺はお前らとは違う…」みたいなスタンスで過ごしていたように思います笑。それに終盤になってやっと私は気づけたのですが、学校の先生も予備校の先生も絶対的に私たちの味方です!先生方は生徒一人一人の課題、環境に合わせて、私たちに合った少し高めの壁を持ってきてくれて、それを乗り越えるのを最大限手助けしてくださいます。
私は地方に住んでいて本校に通えないことをずっと不安に感じていましたが、予備校の先生に「都会やホワイトキューブじゃできないこともある、地方のフィールドを生かすべし!」と言われたことが、すごく心に残ってます。地方だから不利、とかじゃないんだ…!と思い、そこからは自分の住む場所の性質を生かした作品を作るようになりました。
最後に。根性論のようなものしか書けませんでしたが、これを読んで私と似た環境の方が「心配だったけど、自分も大丈夫かも…!」と思ってくれたら嬉しいです。現状に満足しない、自分の実力を疑う心と、ほんの少しの根拠のない自分への信頼の心。2つの矛盾した気持ちを同居させることが大事なのではないかと思います。本当に応援しております!

C.Kさん

合格大学:
東京藝術大学 美術学部 先端芸術表現科
武蔵野美術大学 造形構想学部 映像学科
東京造形大学 造形学部 デザイン学科 映画・映像専攻領域
桑沢デザイン研究所 総合デザイン科

『型をぶち破る!!!守破離精神』

私は現役時代、小論文に使えそうなネタを書き溜めたり、「試験は絶対これで勝負するぞ!」という入試用の型に忠実でした。それは精神的な安定剤でもあり、コンクール結果もかなり良く、「現役で受かっちゃうのでは!?」と慢心でしたが、結果は一次試験不合格でした。 どばたの先生曰く、「一次試験(小論文)の解答に、二項対立的なあなたの思考の癖が滲み出てしまったからかも。」とのことでしたが、この時、私はその意味を理解していませんでした。

浪人に突入し、作品は引き続きとにかく作り、高校生の時はできなかったこと(バイト、深夜開催のアーティストのWS参加など)をしました。その中で、作品制作では徐々に、物事の複雑な要素を拾えるようになっていきました。しかし夏の終わりのどばた面接で、「小論文が現役の時と変わらず、型にハマったままだ」と言われてしまいました。

かなりショックでしたが、私なりに改善を試みようと、習得した小論文の型をあえて崩して演習したり、持ちネタ勝負を極力しないようにしたり、全く違う構成で書かれた他人の小論を分析したりしました。そして、ようやく入試直前期間に気付いたのです。小論文の作問者が意図する「受験者に考えて欲しいこと」を汲み取り、適した主題を選び、それに対する自身の「根本的なスタンス」を示すことこそが要なのだと。持ちネタや型勝負の世界ではないのです。私は入試前日まで書き溜めた小論tipsノートを、試験前夜と当日はあえて見返しませんでした。 1次試験本番、小論文を解いている途中、私は感極まって少し泣いてしまいました。私が現役から浪人時代での作品制作でずっと探求していた「分断を招く壁をいかにアートで超えるか、分断された二つの世界の間でどう生きることができるか。」という課題が、ドンピシャで問われたからです。ああ、この問いに真正面から、まっすぐ答えるための二年間だったのだなと悟りました。

2次試験でも同様、「壁の越え方」について一貫して問われたわけですが、やはりそこでも、浪人期間の制作や小論対策で身につけた脱構築の仕草が役立ちました。既存の型を破るその仕草は、世界を二つに分断する壁の乗り越えに直接つながる形を取っていたのです。 入試をタームポイントとして、全ての点と点が線で結ばれた気がします。人々の分断が煽られた参院選期間にプロテストを行ったこと。勧められて読んだ本の著者が、脱構築の哲学者デリダの弟子であったこと。自身が個人資料ファイル内で綴った「壁」という言葉が、そのまま入試で出題されたこと。 これらは、「ラッキー!!偶然ドンピシャテーマ出題!!」では全く片付けられない話なのです。私が受験対策を通して見つけた「二項対立の間で生きる」というテーマは、現在の社会情勢の中で生きる人々が直面する課題だからです。今年の先端科がそのテーマを現在性のあるものと判断し、今回の入試の一貫したテーマとしたのだと思います。

東京藝大先端芸術表現科のホームページには、「現在性のある問題を、根源的な場所から思考する」と明記してあります。これを見て、最初のうちは「何か社会の大きな問題に対して言及しなきゃ!」と、大きく振りかぶってしまうと思います。しかし、もっと個人単位の些細な出来事こそ、今社会の中で生きる者の吐息や手垢を宿しているのです。小論文や作品制作に際して、習得した型に固執せず、型を手放し、なんとか小さな実感を形にしてみようともがいてみる。そうするうちに自然と「現在性のある問題を思考する」ことができるのではないでしょうか。受験中はそういう、良い意味でラフな姿勢、そして型を身につけ、型を破る為試行錯誤し、新たな手法を見出す「守破離」を常に意識すると良いと思います!!

A.Kさん

合格大学:
東京藝術大学 美術学部 先端芸術表現科
多摩美術大学 芸術学科

『たのしいよ!どばたそ!』

私は現在25歳で、一昨年の冬に先端芸術表現科を目指し始めました。美大受験について右も左もわからない状態でしたが、美大を卒業した友人にすいどーばたをすすめられ、とにかく話を聞きに行ったことをよく覚えています。都内に住みながらバイトや仕事をしていたため、受験勉強とそれらを両立できる環境を探していた私にとって、オンラインのクラスが充実しているすいどーばたはとても魅力的でした。一年間、オンラインコースでみっちり学びましたが、生活とのバランスを保ちながら自分のペースでじっくりと学べる環境だったと感じています。本校に通うのが難しい現役生はもちろん、社会人や、大学受験の他に生活の軸がある方にもおすすめできる環境です。私は小論文選択でしたが、オンライン上でのやり取りで十分に力を伸ばすことができました。

私が小論文で意識していたことは、思ったことをそのまま書くことと、講師の方におすすめされた本をできる限り読むことです。すいどーばたの小論文対策は単なる受験対策ではありません。最前線で芸術を考えている講師の方々に自分の意見のフィードバックをもらう機会の素晴らしさは言わずもがな、課題文の面白さも受験生活の大きなモチベーションでした。すいどーばたの課題文は、芸術を志すうえでも、社会で生きていくうえでも、とても大事なテーマを扱っています。それらを「こなすべき課題」としてではなく、「自分に地続きなテーマ」として向き合い続けたことは自分にとってかけがえのない経験になりました。また、授業内ではたくさんの本もおすすめしてもらえます。それまで本屋でなんとなくスルーしていたような本とも出会うことができました。そうした積み重ねが、少しずつ自信へとつながったように思います。

作品制作において最も意識していたことは、不完全を恐れないことです。この一年を振り返ってみても、「これはうまくいった」と確信できる作品は一つもありませんでした。他の生徒や、過去の合格者の作品と比べて私の作品は地味なものばかりに感じられ、自信が持てないことも多くありました。それでも講評会には毎回欠かさず何かしらを提出していたと思います。私の場合は、芸術作品をつくっているぞという意識でものをつくるのが初めてのことだったのでとにかく食らいついていました。自分がつかみかけていた感覚やテーマをたぐりよせることに必死だったというのが正直なところですが、結果的にビジュアルの完成度にとらわれすぎず、のびのびと制作できました。

自分が感じたことや考えたことを人に表現するのは、想像以上に勇気がいることだと思います。小論文でも作品制作でも、そうした悩みのなかに立ちすくんでしまうことが多くありました。そのような時でも、すいどーばたの講師の方々は生徒ひとりひとりの表現を最大限尊重してくれて、次の制作や考え方に繋がるように一緒に悩んでくれます。「先生」としてだけではなく、一人の鑑賞者として、また先達のアーティストとしての意見も惜しみ無く伝えてくださいます。一緒に勉強した仲間たちも、率直な意見を交わし合っており、心の底からお互いを尊敬し合う姿勢に何度も刺激を受けました。このような環境で学べたことが、合格という結果につながったのだと思います。
すいどーばたでの一年は、合格のためだけでなく、その先の自分の在り方を考える時間でもありました。ここで得た経験は、これからも表現を続けていく上での大きな土台になると思います。求める者に、最大限の知識と経験が用意されています!ぜひ春季講習や夏季講習をのぞきに来てください〜!!