日本画科 2026

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S.Tさん

合格大学:東京藝術大学 美術学部 絵画科 日本画専攻

出身校: 岡山県立岡山朝日高校

『鞣す』

すいどーばたには現役の入試直前から二浪までお世話になりました。
私にとってのこの約三年は、「自分の頭の固さとの戦い」だったと言ってよいと思います。
それが段々と解消され最終合格に繋がっていくまでのおおよその流れと所感を書いていきます。さいごにメッセージもあります。

現役の頃までは基本的に岡山の画塾で対策をしていました。周りに藝大を目指す人はおらず、参考作品はほぼ無い中SNSで上手い人がアップロードしている作品を貪るように見て参考にしていました。と言いつつも、上手いことは分かってもどこを参考にすればよいのか、試験を通過するために何が必要なのかが全く分からず、暗中模索の毎日を送っていました。

入試直前に講習会生としてすいどーばたに参加し、試験において目指すべき方向を提示されたことでかなり考え方が変わり、ほんの少しずつではありましたができることが増えていきました。周りに受験生がたくさんいることも新鮮な環境でした。一次試験では順当に大失敗しましたが浪人が決まってからは気持ちは前向きでした。まだ上手くなる時間がたくさんあると思っていました。

一浪からは上京してすいどーばたに通っていました。一浪の時が一番頭が固かったと思います。そのためあまりいい作品を描くことができす、コンクールの順位も全く低いものでした。現役の入直でつかんだ僅かな成功体験(それも自分がただ良いと思っただけで客観的には評価点ではない)をもとに、「こうすればうまくいく」「こうしないとうまくいかない」と強迫観念のように考えてしまい、結果として入試において目指すべき地点からどんどん離れていってしまうという感じでした。しかし本人としては成功体験を再現しようとしているつもりなので混乱するという具合です。

藝大模試の着彩でようやく20番台に入ることができ、入直では評価されることもありましたが、自分の中で常にやり方のフィードバックしかできていなかったと感じます。
二次試験では自分の力を出し切れたと感じました。しかし、今振り返ってみるとそれは自分の中での「こうすればよい」という点をやり切ったに過ぎず、作品を一つの絵として考えたり感じたりすることはできていなかったと思います。

二浪が始まってからはフレッシュな気持ちで描くことができました。自分のベストを大きく更新することもあり、楽しかった記憶があります。しかしやはり夏ごろまでは今までの自分を踏襲することが多く、このままではいけないと思っていました。夏まではコンクールの順位もそこまで悪くはなかったため、安心したい気持ちが暗にあったのだと思います。

秋ごろからは上手くいかない絵が多くなり(あるいは上手くいったと感じても評価がかなり低いことも)、コンクールの順位もガクリと落ちることがありました。周りはどんどん上手くなっていき、自分は上手くいっていないことを自覚していても今まで上手くいった経験に縋りつくように踏襲していくことしかできていないことがかなり苦しかったです。

二学期後半からは着彩でやや良い作品を数点描くことができ、やや望みが出てきました。冬期講習ではデッサンで良い評価を得たこともあり、なんとなく自立して絵を考えられるようになってきた実感がありました。このころには大分頭を柔らかくして絵を考えたり、実感を大切にできるようになってきました。参作と自分の絵を並べてぼーっと見るというようなこともやりました。

共通テスト直後からの藝大模試では着彩の感覚を掴むことができ、そのまま入直へ突入していきました。このころからは課題ごとに自分の弱みをひとつひとつ潰していっている感覚があり、かなり楽しく制作していました。しかし課題をひとつクリアすれば別の課題が浮き彫りになり、毎課題の講評の採点ではいつもトップより下のグループ、トップの絵と自分の絵は決定的に違う事が一目で分かりました。たまにトップに入ることもありましたが、その時はなぜ評価されたのか、悩み続けました。

入試直前に関しては、良い作品を仕上げることも意識していましたが、本番の一枚でいかに首尾よく仕上げられるか、そのために普段の制作があるという考え方をしていたため、一枚ずつ思う存分悩むことにしていました。朝は試験会場へ入るような気持ちでアトリエに入り、一日目が終わって家に帰ったら二日目の方針と、どういう手順で手を入れていくか、タイムスケジュール等を考えてノートに書き出していました。これはとにかく現場で制作するときに悩みたくなかったから(とくに本番は頭が真っ白になることを前提としていたので)です。

迎えた一次試験では予想外の単体での出題と、像からの遠さで中々形が合わず、しかし進めないと完成しないと思いどんどん次のステップへ進むようにしていました。一日目が終わってから、像の大きなパース感の意識が抜け落ちていたことに気づき、何処をどう直せばよいかが明確になりました。二日目はそれに沿って形を直すところから始め、細かい形は合いきっていないなと思いながらも鉛筆を立てて密度をどんどん上げていくこと、細かい形やニュアンスをちゃんと仕上げていくこと、荒い紙地のなかで的確に差をつけていくことを心掛けて完成させました。この判断は正解だったと思います。形の面でかなり不安でしたが、一次通過した際には「『完成』を優先してよかった」と思いました。藝大一次通過のひとつの基準が垣間見えたところです。

二次試験では一人一卓、床物のモチーフということであまり出題には驚かず、落ち着いて制作できました。部屋に入った瞬間に「青いボトルが綺麗だな」「モチーフを組み合わせた魅力のメインが作りやすそうだな」と思い、自分の感じた魅力や実感を活かして構成しました。卓の目の前が壁だったので周りの人の構成に対して神経質になりにくかったというのもあり、自分の立てた絵の方針をしっかりと信じることができました。一日目はデッサンがなかなか終わらず、後景や小物、新聞のデッサンは保留して最後15分ほど色に入りました。時間に余裕がない中で特に後景や小物はある程度の位置とイメージを決めて、現場ではなく1日目が終わった後に冷静な頭で細部や細かい位置の方針を決めた方が効率的だと思ったからです。

実際に一日目が終わって少し気持ちも落ち着いた後に、細かい部分やイメージの修正や決定、タイムスケジュールの組み立て、色味の練習など現場で悩まないための作業をしました。

二日目はとにかく時間に追われました。どこを頑張るのか、どこを首尾よく仕上げるのかリソースの分配をかなり神経質にしましたが中々終わらず、最終的になんとか塗り終わったという状態で鐘が鳴りました。

構図、構成にはそれなりに自信がありました。しかし二次試験を受け終わって三日ほど経った頃、入直で意識していた「全体の強さのバランスを保ったまま進める」という項目を本番でクリアできておらず、それによって内容のクオリティがいま一つ上がり切らなかったのだという事に気づき、不合格を確信しました。どこにも他の進学先がなく藝大に懸けたことを本当に悔やみました。そこから合格発表の日までは次の年度の過ごし方を考えていました。どうやって前に進んでいくかを考えることで心が楽になっていきました。

 最終合格者一覧に自分の番号があったときはやや驚きました。今だに内容のクオリティはいまひとつだったと思っていますが、自分のした戦い方を信じていたところもあります。

 

最後にこれを見ている人に、受験生をやって感じたことを基にメッセージを2つ伝えたいと思います。それは、

・自分の感性を失わないでいてほしいということです 

特に藝大は入試説明会で「絵描きとしてどういう絵を描くか」をみているという旨をハッキリ言っているように、受験生は入試と言うシステムに抑圧されながらも自立した絵描きとして感性を発揮することが求められていると思います。目の前にあるモチーフへの感度を良好にするために、何かに感動したり、一息ついたり、全く絵と関係ないことをすることも本当に大切です。(難しいこともあるでしょうが)画面に向き合っている時間だけが絵を描くための時間ではないということです。

・基礎は裏切らないということです 

表現をするにあたって基礎的な技能は土台になると思います。タッチが荒いのか、筆の使い方が不適切なのか、差を出す意識が弱いのか,,,自分に、この絵に何が足りていないのか俯瞰して考え、欠けたピースをひとつひとつ集めていく、これは淡々とやればよいと思います。もっと初めからそうすればよかったと自分でも思います。とは言え、そういった作業はこのさき絵を描く事においてずっと続いていくものであるとも思います。

 最後の最後に、お世話になった方々へ、ありがとうございました。そしてこれを読んでいるすべての方へ、全力で応援しています。