日本画科 2026

S.Tさん

合格大学:東京藝術大学 美術学部 絵画科 日本画専攻

出身校: 田園調布雙葉高等学校

『楽しむ』

高3の3月、私は初めてすいどーばた美術学院に来ました。あれから現役、1浪と、気付けば2年の月日をどばたで過ごしていたことになります。振り返ってみると、短かったようで長く、長かったようで短いとても充実した日々を送ることができたと思います。

絵が思うようにいかず悩んでいる時、周りの絵が自分の何倍も上手く見えて不安に襲われた時、理由もなく涙が止まらない時、私はいつも合格者の体験記に救われていました。出口の見えない長い暗闇の中でも、ここに来れば何かが掴めるような気がして、日本画科だけではなく色々な科の体験記も読み漁っていました。そこで得たものは合格者の経験だけではなく、私に勇気や希望といった前向きな感情も与えてくれました。私の体験記も、ほんの少しでもこれを読んでいる方の支えになればと思います。

高1から通っていた予備校をやめて通い始めたどばたの夜間部は、とにかく楽しかった記憶があります。大好きな夜間部で学んだことの中で特に印象深かったのは、「受験絵画の絵画性」についてです。今まで受験の為の課題と割り切っていた静物着彩も実は1人の作家としての私が描く絵画であり、魅力的な絵画でなければならない。当たり前のようで、枚数を重ねていけばいくほど薄れてしまうこの感覚は、実は1番重要なのだと思います。「カラオケで満点を取りたい訳じゃなくて、感動する歌が歌いたい」と先生に言われた当時はその重要性に気付けていませんでしたが、藝大の2次試験では
・自分がモチーフの何に感動したか、何を伝えたかったのか、表現したいのかを伝えること
・目の前のモチーフの写し取りではなく、それを利用した絵画を描くこと
・この人に大学で絵を学ばせたいと思わせるような素敵な絵を描くこと
が重要なのだと、1浪の終わりあたりで気付くことができました。もちろんそれが先走ってしまう独りよがりの絵では受験の趣旨から外れてしまうため、この感性の柔らかさとモチーフに寄り添う誠実さの両立は大切です。でもきっと、伝えたいと思って大切に誠実に描けば、自分なりの素敵な絵ができあがるのだと思います。

仲間と切磋琢磨し、意を決して臨んだ初めての藝大受験は1次落ちでした。当時は現役で合格して先生に恩返しがしたいと躍起になっていたので、ただただ不完全燃焼のやり切れない気持ちで涙が止まりませんでした。
落ちた私たちに先生が言った「負けた数ではなく、自分に勝った数を数えて行って欲しい」という言葉を胸に迎えた1浪の春。絶対に悔いのない1年にする!と決意し、1枚1枚を大切に全力で取り組みました。講評や個人講評で言われたことを念頭に、課題ごとに自分の弱点を潰すつもりで我武者羅に制作していました。かなり負けず嫌いだった為、上手い人の絵を見て帰り道やトイレで悔し涙を流したこともありました。今思えば、この時期の積み重ねが絵の安定感や違和感潰しに繋がったのだと思います。
秋に入りコンクールや外部の模試が増えると、根っからの負けん気と火事場の馬鹿力的な本番力が幸を奏し良い評価を頂くことが増えました。でもどこか自分ではその評価が運やまぐれな気がしてしまって、このままではいけないとずっと焦っていたのを覚えています。自分の絵に何が足りないのか、どこがいけないのか暗中模索の状態でした。
転機になったのは11月と12月のコンクールだったと思います。自分の絵には、じっくり見たときの豊かさやリアリティ、そして面白みやポエジーさといったものが薄いことを痛感しました。
指導された自分のできていない箇所を潰し、正解を目指して狙って描いた絵では、コンクールでは上位に入れても最終合格者の25人には入れないかもしれません。そこからの12月、1月は「魅力」や「実感のある描写」とは何なのか悩み、歯車が合わずに納得のいかない絵を生み出す苦しい日々が続きました。

特に「魅力」というものは、光・形・色・現象・空間の美しさ、どうやって描いたか分からない描写など、言葉で表すのが難しい感性的なものです。私は現役の頃からずっとこれが掴めず、「つまらない絵」「1分経ったら忘れる絵」と言われることがありました。
最終的に少し掴めた気がしたのは2月に入った頃です。
とにかく心から楽しむことが大事なのだと、最後の最後にようやく気付けました。愛を込めて、美しく、プレゼントのように大切に。目の前のモチーフと自分の絵に誠実に寄り添うこと。大切にしようと思って描いた絵が雑に扱われるはずがないのだと、そう思って制作できたのが結果的に合格に繋がったのだと思います。

また、「実感のある描写」というものは、現実世界にある複雑さの表現であり、見たままの色や質感を立体に乗せるというテクニック的な技術のさらに先にあるものです。私は、絵が終わらなくてもいいから誰よりもいいと自信を持って言える箇所を作る!という攻めの意識を持ってみた結果、これに少しだけ向き合うことができました。
でもこの本質や変化を捉えたり感じ取る姿勢や、魅力を作る力というものは人生をかけて育んでいくものだと思います。1人の人間として、これからも向き合っていきたいです。

色々なことに気付けた2月を経て、満を持して臨んだ1次試験では、1列目の顔正面位置だったこともありいつも通り落ち着いて制作することができました。 個人講評などで自分と先生の価値観の擦り合わせをしていた為、慣れない紙や環境の中でも一つずつ課題をクリアしていく感覚で冷静な判断ができていたと思います。
それでも終わった後は不安に襲われ、1次と2次の間の最後の着彩も思うように描けず、前日にこんな絵を描いて明日いい絵が描けるのかと、緊張とプレッシャーで涙が止まりませんでした。しかし1次発表で自分の番号を見つけた時に不思議と緊張と不安が溶け、緊張の震えが武者震いに変わったのを覚えています。
2次試験では、最後の1枚が描けることに感謝してとにかく楽しもうと思っていましたが、楽しもうと思えば思うほど手が震えてしまいました。いつも通りの難しさ、自信を持つことの大変さを感じつつも、「冷静に落ち着いて普段通りに」と何度も心で唱え、大切に、丁寧に描くことで冷静さを取り戻すことができました。シンプルなモチーフの中でも色の響きあいや現象、影の表現のできる楽しそうな構図が組めたので、誰よりも魅力的なメインと空間を作るつもりでデッサンをしました。
2次試験の2日目は、この1年を全て出し切るつもりで開始から終了まで自分の出しうるトップスピードの速さで手を動かしました。先生から言われた、この1日は君が主役の日なのだという言葉に背中を押され、最後まで止まることなく自分を信じて出し切ることができたと思います。これで落ちたら来年から何を信じればいいか分からないな、と思うくらいやり切れたと感じましたが、それでも最終発表までの1週間はやはり不安で仕方なかったです。最終発表に自分の番号があるのを見た時は、自分の信じてきたことが間違っていなかったことへの安堵で胸が溢れました。

2次試験の直前、私は受験絵画を心から「楽しむ」ということの重要性に気付きましたが、その感覚に至るまでの道のりは苦労や苦しみの連続でした。現役の頃は参作や上手い人の描く絵を見てよく「これだけ描けたら楽しいだろうなぁ」と感じていました。やはり、楽しむ為には基礎的な技術や経験の積み重ねによって、余計なことを考えずとも身体が動くようになるまで訓練しなければならないのだと思います。普段の授業は結局、1年の最後に藝大の試験室で描く絵を楽しむためにある訓練のようなものです。授業ではつらいことも沢山あると思いますが、最後の1枚だけはそれを乗り越えてきた自分を信じて楽しんでみるのもいいかもしれません。

最後に、ここまでご尽力下さった全ての方との出会いがひとつでも無ければ、このような結果にはなっていなかったと思います。予備校での出会いは、私にとってかけがえのないものです。
特に、何度も個人講評や自主練に付き合って頂いたクラスの先生方と、現役から浪人してクラスが変わっても熱い言葉をかけ続けてくださった先生、そして共に戦ってきた友達、いつも私のことを信じてくれた温かい家族には感謝してもし切れません。
これからもそのような素敵なご縁への感謝を忘れずに、自分と向き合う大学生活を送っていきたいです。
本当に今までありがとうございました。

M.Sさん

合格大学:東京藝術大学 美術学部 絵画科 日本画専攻
武蔵野美術大学 造形学部 日本画学科
東北芸術工科大学 歴史遺産学科 文化財保存修復コース

出身校: 千葉県立松戸高等学校

『調整』

現役のときは散々でした。当時の自分でもわかるほど明らかに確信のない、整いきっていない、不調続きだったデッサン。組み石膏ほど対策できていなかった単体の石膏像。2日目の行きの電車の中と、試験中にそれぞれ泣いていたのを覚えています。結果はもちろん一次落ち。そらそうだよ。と自分で思いました。

今年度は親からの勧めもあり、というか半ば強制的に、私立もいくつか受けました。とは言ってもあまりモチベはなく、予備校での私立対策は特にしていなかったです。
あとから知ったことですが、そもそも浪人があんまり許されてなかったらしいです。両親から「一浪で終わりだからね」とは言われましたが、浪人自体あんまり許されていなかったのはちょっと面白かったです。
結果として今年は全部受かったので「まあいいか。」というような反応になっていますが、毎年「今年で全部終わりなんだ」というモチベでやり切れるかどうかは重要だな、と思います。

タイトルにもあるように調整の話ですが、1枚1枚の絵の調整の話だけでなく、本番に向けた全体的な絵やメンタルの流れや自分の歴史…のようなものを自分で調整するやり方が、私には合っていたと思います。
具体的にどういう調整をしていくかは、それぞれの持つ課題によって変わってくると思います。私の場合は、初めて絵を描く人のような、新鮮な気持ちで試験に挑めること、また、最後まで瑞々しい視点で描けることが何よりも大事でした。
モチーフに感動すること、モチーフのあるがままを愛すことができる万全の状態のための調整だったと思います。
メンタルがブレるような出来事はなるべく春〜夏、遅くとも秋くらいに出し尽くすといいと思います。私は現役時も浪人時も、入直期には精神統一のために同じ曲をずっと聴いていましたし、ずっと同じ作品を見返したり読み返したりしました。

すいどーばた美術学院には、夜間部の1年と昼間部の1年とで2年間、様々な場面でお世話になりました。先生、友人、家族なども含め、環境にはかなり恵まれているなと常々思います。
改めて、2年間ありがとうございました。

様々な環境が影響してくるとは思いますが、最後の最後には自分との戦いになってくると思います。
各々が後悔のない旅をすることができるよう、願っています。

H.Tさん

合格大学:東京藝術大学 美術学部 絵画科 日本画専攻

出身校: 大阪府立工芸高等学校

『期待を背負い、描き続けた三年間』

高校三年生の春、私は父に「東京芸大にいきたい」と突拍子もなく言いました。早速地元の予備校に通いはじめて、夏期講習をきっかけにどばたには合格する二浪目までの約三年間、お世話になりました。

私は、一浪で初めて一次を突破するも合格には至りませんでした。二浪目に入っても着彩は安定せず40位近く落ちることもありました。入試直前講座の芸模試の着彩3位というのが最初で最後の高い評価で自信につながりましたが、2月中旬ごろから「構図が小さく、余白が目立つ」という弱点が特に目立つようになり再び思うように点が入らなくなりました。

そんな中であっという間に一次試験本番がきてしまいました。

1日目終了後の時点で形に違和感が残っていました。それでも自信を失わなかったのは、この一年を通して、「とりあえず描く」ことで多くの問題は解決できると学んでいたからです。むしろ完成に向かって進まなければ本当の問題も見えず、解決するための思考も生まれないのだと感じていました。ですが、2日目が始まり1時間ほど経った時に改めて自分の絵を見て、このままでは落ちると強い不安を感じました。しかし、必死で自分の学びを信じ、見たまま描き続けました。

一次試験では今までで1番良いデッサンが描けたと思います。

そんな経験を経て迎えた二次試験ではポットが芸大の少し青みを含んだ光に影響されてなんとも言えない魅力があったのが印象的でした。その魅力を軸に重ね方や量に注意して配置しました。すると、これまでの弱点が目立たたず、「勝った」と思うほどでした。それがかえって緊張につながり、明日全て崩壊してしまうんじゃないかと上手く眠れませんでした。

2日目の始まる30分は目を閉じて心を落ち着かせ、初めてモチーフを見た時のことを思い出していました。制作が始まってからは、一次と同様に、「とにかく描きまくること」そして「時間を決め、冷静に見て判断すること」を意識して制作しました。形・色・バルール等印象のズレは気をつけていれば直るけれど、魅力的な画面を作るというのはとても難しく、このままでは落ちると、何度も不安が押し寄せました。

その度に思い出したのは、これまで支えてくれていた人たちの存在でした。ここで諦めて、「またもう一浪します。」とは絶対に言いたくありませんでした。だから、絶対受かってやる!と自分の絵に感動できるように必死に小物や落影一つひとつにこだわりを持って描き続けました。終了の合図が鳴る頃には、「もう私がこの絵にできる事はない」とやり切った感覚でした。

最終合否発表までの一週間は自分の全力は果たして芸大に通用するのだろうか、と考える続けてしまい辛かったです。

合格を確認した時はとにかく体が先に動いて家中飛びまわりました。

私は決して安定して上手く描けるタイプではなく、描写力もまだ成長の余地はあったと思います。

それでもこの結果に対して納得ができるのは、最後まで魅力を忘れず、それを表現する事にこだわり、最大限の力を発揮できたからです。描写というのは青天井だからこそ、沢山描いた先でどんな魅力を伝えたかったのかが大切だと感じます。

今思えばなんの覚悟も決まっていなかった私でしたが、友人や家族、高校の先生方や沢山の方がこんな私でも期待をし続けてくれていました。時には重荷に思えたけど、最後に原動力になったのはみんなの期待でした。

合格した実感はまだまだ湧きませんが、ゆっくり感じられるのだと思います。

H.Kさん

合格大学:東京藝術大学 美術学部 絵画科 日本画専攻
武蔵野美術大学 造形学部 日本画学科

出身校: 城北学園城北高等学校

『深刻に考えない』

考えすぎて固くなりがちな自分にとって、いかにリラックスして取り組むかが浪人中ずっと課題でした。

受験後半は考えすぎが原因の失敗が多かったです。今まで出来てたことが出来なくなったり、問題を解決すればまた別の問題が生まれるの繰り返しで、かなり不器用な立ち回りをしてたと思います。

入試直前になり、考えて絵を制御するのではなく、シンプルに感じたままかっこいい絵を描くことを目指しました。また、周りの受験競走的な雰囲気は無視して、モチーフと自分の関係性だけに集中しました。本番で完壁な絵は描けないだろうし、無理に力を入れないようにして試験に臨みました。

藝大の朝は光が綺麗で、一次も二次もその光を再現することを心がけました。
特に二次はコーヒーサーバーに反射する窓の水色が美しく、現象をよく見せることで完成のイメージが鮮明になりました。こだわるポイントを絞ったのも良かったと思います。

描いている間は不安な点が多く、試験を終えても不安が消えることはなかったです。それでも本番までの失敗の蓄積が判断材料となり、無意識でも対処できていたんだろうと感じます。受験を深刻に考えず、のんびりした日常の中で絵を描くくらいの心構えでちょうど良かった気がします。

基礎科から4年以上すいどーばたにはお世話になりました。ありがとうございました。

Y.Aさん

合格大学:東京藝術大学 美術学部 絵画科 日本画専攻

出身校: 帝京長岡高等学校

『感じて描く』

すいどーばた美術学院には高校生2年の夏季講習から度々通わせていただき、一浪から本格的にお世話になりました。ここでは、これまでの制作で行き詰まった時、どう行動したかなどを描いていきます。まずデッサンについてですが、現役から一浪の最初の頃の自分のデッサンは少し癖(ハッチングの過度な使用、形の狂いなど、)が強いものになっていました。それらを解決するために一学期は、すいどーばたにある参考作品と自分のデッサンの違いを探す作業をしていました。夏季講習からは同じ位置の参考作品を横に置きながらその作品がどういうタッチ、強弱、明暗設定で描いているかを意識しながら描きました。そして徐々に癖が抜けていき、冬季講習からは自分の理想に近いデッサンを描けるようになりました。着彩に関しては一年間通して常に苦手意識がありました、冬季講習までは無意識のうちに着彩を現実のモチーフの劣化版のような印象を持ちながら描いていたようです。(先生に言われるまでは気づきもしなかったのです)思えばデッサンより上達速度が遅く、それに伴って焦り、どんどん頭が固くなってモチーフへの感動が薄れていたのだと思います。構図に関してもずっと不安なまま進んでいましたが、描きやすいようにシンプルに組むということを意識してから少し良い構図が組めるようになりました。 一次試験の時は描き出しはいつもより慎重に、線で立体を繋げることを意識して描いていました。本番の紙が鉛筆を寝かせて描くとモヤモヤしていつもの描写がしずらいと思ったからです。あの時の自分が描ける最高のデッサンが描けたと思います。二次試験では順調な進みでは無かったものの最後まで丁寧な仕事を心がけました。  最後になりますが、丁寧でありながら熱量のある指導で僕が失いかけていた絵を描く楽しさを思い出させてくれた先生方、モチーフを用意してくれたり諸々支えてくれた助手さんや事務の方、常に支えてくれた親族や友達には感謝しかないです。すいどーばた美術学院にいる時間は人生で一番充実した時間だったように思います。これからも努力していきます。本当にありがとうございました。

S.Yさん

合格大学:東京藝術大学 美術学部 絵画科 日本画専攻

出身校: 橘学苑高等学校

『感謝と精進』

合格発表を確認して第一に心に浮かんだことは、ここまで自分を支えてくれた思いつく限りの人への感謝です。
私は浪人生であることに少し後ろ暗さを感じていた時期がありました。
ですが、自分にできることを精一杯やって、毎日を大切に、必死に生きることが、見守って支えて、応援してくれる周囲の人たちに私が返せる心限りの報恩であると考えるようになってからは、胸を張って受験のため努めることができるようになりました。
努力することは、支えてくれる皆のためでもあるんだと思っていました。
浪人中には、精神的にも肉体的にも周りの支えがなくては乗り越えられなかったであろう経験が何度もありました。
自分は努力させてもらえているんだ。勉強に専念していられる時間、環境があることへの感謝を。それを忘れずに日々を送っていました。
常に感謝の心を忘れないこと、何事も楽しむこと、浪人中に大切にしてきた信条はこの先もずっと持ち続けていきたいです。
受験生としての生活は辛いこと、苦しいことがたくさんあるかもしれません。
けれどそのことを悲観するよりも、自分に与えられた全てのもののありがたさへ目を向けるようにすることは、困難を乗り越える力になってくれると私は信じています。

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