※2026年は準備中です
N.Nさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
出身校:女子美術大学附属高等学校
『2年を得て』
私は現役の9月に夜間部に入り、そこから浪人して二浪しました。
実技において主に意識していたことは、完成イメージやコンセプトをしっかり持つこと。見切り発車にならない。マイペースになりすぎずに直感的にめんどくさいと思ったところから手をつけるようにする、などです。
自分自身が興味を持ったものに対して魅力的に感じたところ、木炭や粘土で表現したいと思うところをどう表現するかなど、どんどん掘り下げていった先に自分自身の個性が見えてくると思います。いろんな木炭や道具を使ってみたり、自分に合った進め方や制作方法をたくさん試してみてください。自分の良いところ、悪いところをしっかり知り、認めることでさらに客観的視点に立てることができると思います。どちらかに偏らずに両立して物事を判断できれば、より自分と向き合えると思います。
自分を信じて、焦らず冷静に、いろんなところをじっくり楽しみながら探索し続けてみてください!
これから彫刻科での受験を考えている人、受験を控えている人が気持ちよく彫刻が作れるよう願っています。また、皆さんのことを心から応援しています。
A.Oさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
出身校:都立工芸高等学校
『日々の努力』
作品が思い通りに作れるようになるために、基礎を常に意識することで自然に上手くなると思いました!
同時に受験のことばかりになって、視野が狭くならないよう、画塾外で画塾以上の体験や行動をしました。
それ自体は実技を磨くことにつながりました。
受験を通じて根本的なところを忘れないよう、情熱を忘れずに制作を続けることが大切だと感じました。
T.Nさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
出身校:都立総合芸術高等学校
『見たこと、感じたこと』
この2年がむしゃらにやってきて思ったのは、結局は見たまま、感じたままを制作することが好きで楽しいなということです。モチーフの美しさに素直に没入して描いた結果、意図せずとも作者の感動や興味が見る人に伝わるのが、本当に素敵なことだなと思います。もちろんその感動を伝えるためには、ストレスなく作品に入り込める必要があるので、そこは強化していきました。
ここまで支えてくれた家族、最後まで呆れずに指導してくれた先生方、本当にありがとうございました。
どうなっていくか分かりませんが、これからも頑張るのでよろしくお願いします。
K.Hさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
出身校:南昌みらい高等学校/不来方高等学校
『縋らなくても』
私はどばたで二浪した後、一度別の美大に進学しましたが、藝大を諦めきれず退学し、今回が最後の受験でした。もし叶わなかったら、美術からは離れ、自分で働いて生きていくための再スタートを切るつもりでした。
家族には反抗ばかりで、あまり連絡もしない娘だったので、大変な思いをさせてしまったと思います。それでも長い間支えてくれて、ありがとうございました。
こんな我儘を何年も貫けたのは、応援してくれる人がいたからです。同じ年で既に働いている人もいることを思うと、合格は嬉しいですが、それ以上に、周りの支えや投資がなければ今の自分はいないと強く感じています。感謝を忘れずにいたいです。
高2の冬に講習会に来てからの6年間、苦しさや痛みは数えきれませんでしたが、今振り返ると、それも含めて贅沢な時間でした。どばたの先生方の言葉や、何度も味わった挫折が、私の心の土台を作ってくれたと思っています。
試験の2日前になって、「もう無理に美術に縋らなくても、生きていけるんじゃないか」と思えるようになり、「変に守りに入らず、勝負に出よう」という覚悟が決まりました。
試験当日は、受験美術はこれが最後だし、もしかしたら制作自体も最後になるかもしれないと思い、自分に制作できる環境が用意されていることが本当にありがたく、感謝しながら楽しんで制作することができました。
二次試験は、後から「もっとできたな」と思うところもありましたが、それでも本当に楽しかったです。自分の出せるものは出し切り、どんな結果でも「これでやっと前に進めるからよかったんだ」と受け止めて次のステージに進もうと決めていたので、最後は合格発表まで不安なく過ごすことができました。
講師の方々からいただいた言葉と、どばたでの経験は宝物です。また新しい場所でも頑張ります。
K.Kさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
多摩美術大学 彫刻学科
出身校:立教女学院高等学校
『ぶちかませ!』
受験対策で大事なのは、的確なフィードバックと、楽しむ気持ちだと思います。でもそんなの上手くいかない時だってあると思います。私はこの1年、クソ真面目だった現役の時に比べると思うように頑張れませんでした。でも、逆にそれが良かったなと受かった今思います。
高一から「藝大藝大!」と全力で突っ走ってきましたが、現役の時は逆に藝大に対して想いが強すぎて力んでしまい、肝心な時に結果が出せず本番も1次で落ちてしまいました。そこから一浪したものの、2回ほど大きく燃え尽きてしまい、予備校にあまり来れなかった時期もありました。しかし、今振り返れば「もう今年で浪人は終わりにする、私大でもいいや」と諦めがついたことが、本番で力まず、普段通りに実技をする心の余裕を生んでくれたように思います。
また、私はデッサンが好きで得意な反面、粘土が苦手なタイプでした。コンクールでもデッサンは大体B゚上位なのに、粘土はB'で緑シールばかりでした。結局1年を通して粘土では2回しかB゚は取れなかったし、授業でもいい作品は全然作れませんでした。最後の最後まで2次試験に苦手意識を持っていました。
それなのに2次試験の苦手を突破して合格できたのは、多摩美の入試が効いてきたように思います。
それまでは、周囲と比べて自分はかっこいい作品は作れないな、、と評価を気にしたり、合わない考え方で無理やり作ろうとしていました。しかし、多摩美の入試の日は「知ってる人もあんまりいないし、もう好き勝手やってやろう!」と振り切れて、その結果合格することができました。その感覚が自分の中で新鮮で、頭の中にあるものをぶちかますだけというシンプルなことにようやく気付けた気がします。
その結果2次試験当日も、「これどばたで作ったらなんか言われそうだけど、頭に浮かんだかっこいいものをぶちかますだけ!教授にしか見せないし!」と思えたのがすごく良かったなと思います。
力まずに自分のやりたいようにやる!というシンプルなことにもっと早く気付けていたらなあと思います。多分私の浪人スタイルはあまり褒められたものではないし真面目にやるに越したことはないと思いますが、もし行き詰まってる人がいたら、ちょっと力を抜いて視野を広げてみるのもいいかもしれません。デッサンも粘土も、思い切りよくぶちかますだけです!ぶちかませ!
K.Bさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
出身校:旭丘高等学校
『とにかく楽しんで、好きを貫く』
ステージに上がった時、自分が最高な状態だと思え、ステージを降りている時、自分は最悪な状態だと思え
僕が好きなギタリスト、エリック・クラプトンの言葉です。美術にも通づることだと思い、この言葉をモットーにこの一年を過ごしました。
本番までこのモットーを貫けたことはこれからの自信につながりました。
見守り体験記:お父様より
『岐路』
これまでの息子の19年間の人生の中にはいくつかの岐路があったように思います。
小学生の頃には親の思い描く方向に強く舵を切らせたこともありました。
思い返すと息子にとって必ずしも幸せな方向ではなかったこともあったと思います。
それ以来、私たち親は、息子にとって何が一番大事なことなのだろうと考えるようになりました。
息子が大切にしている価値観があるのであれば、それが一番大事なことだろうと。
それが息子の人間的な成長にとってもっとも重要なことなのだろうと。
息子にとってそれは「自己表現」だったのだと思います。
デッサン、塑像、ギター、それらすべては自己の内面性を形に表す手段であり喜びだったのでしょう。
この一年、どばたでの毎日を息子の口から聞いてきました。
講師の皆様からの励ましや声がけにどれだけ支えられてきたか、また僚友の皆さんの存在がどれだけ
心強いものであったかということが伝わってきました。
一生忘れることのない時間だと思います。
東京藝大に合格し、ようやく自分のしたいことを始めるスタート地点に立ちました。
その場所に送り出していただいた皆様に心から感謝しております。
本当にありがとうございました。
そしてこれからも人生の良き先輩、友人としてお付き合いいただければと思います。
M.Nさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
出身校:富士見丘高等学校
『自分の人生の責任は自分で取る』
自分への挑戦。
建築という領域を経て、今後の人生をかけて彫刻を選択。それまで毎日深夜まで働いて稼いだお金を全て彫刻に当て、自分が彫刻で何を受け取るのか試した。
自ら選んだ人生の結果、そしてその責任は全て今ここにいる自分にかかっているという重圧。これは恐ろしいくらい重たくて、鋭くて、自分を奮い立たせた。
一度社会を経験した私は、強い言葉や根拠無しに、目の前の形に何時間も没頭出来る環境がどれほど野生的で、解放的で、幸せなものか知っている。
人間は本来、これでいい。
言葉や根拠、論理的思考はいらない。
形があれば人は繋がれるんだ。
それを確信に変えてくれた、良い選択だった。
E.Hさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
『わかれ道』
私は中学3年生の頃からどばたに通い始め、本来高校2年生になる年から彫刻科の昼間部に来て、一浪しました。
周囲の支えがあってこそ長い期間を受験美術に費やす道を選べたのだと思います。
けれどもその分、もう第一志望だった高校へ通う道には戻ることはできません。また、高校に通う分どばたに通うのですから、その分学費もかかります。この道を選んだからこその責任があるでしょう。
人より長い時間を練習にかけられるとはいえ、試験の日までに実力をつけられるか不安で焦りも常にあり、一つのことに固執して視野が狭くなることも多々ありました。
制作では手と目と思考の噛み合った出力が大事になると感じています。しかし、実際に制作では得る情報を増やそうとするあまり手が追いつかず、中々いい出力ができずに悩むことも多くありました。悩んでいる時には目の前の問題から離れられず、こういう分析をするのも難しかった覚えもあります。
けれども応援してくださる方々の言葉や、感動のコレクション、過去の自分からの成長と積み重ねが悩んだときの力になりました。
上手く近道を通って成長していけることばかりではありませんでしたが、常に追われるように練習を詰め込んできた分で自分なりの道を着実に歩んで来た実感もあり、その実感に助けられ、本番で迷わずに落ち着いていられたのだと思います。
今までたくさんご迷惑をおかけしましたが、支えてくださって本当にありがとうございます。
N.Tさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科 現役
出身校:東北生活文化大学高等学校
『知能ではなく、感動を見つけ、それを形作る能力こそが私たちの最大の幸福なのかもしれない。ただ、ただあなたに感謝を。全てに感謝を。』
まずは自信。他を凌駕する程の圧倒的な自信。
その日1番自分がかっこいいと思える格好をする。
自分を好きでいられる習慣を守る。
自分の理想を、常に高く持つ。
マインドと作品は繋がっていると思います。
特に私は自分の精神状態が作品に良くも悪くも影響を与えるタイプでした。
よく、世間では客観性を磨くべきだと言われますが、私はまず主観を育むことを徹底していました。
何が好きで、何が嫌いか。
何をしたくて、何をしたくないのか。
どうなりたくて、どうなりたくないのか。
自分軸がしっかりと成り立った先で初めて、他人について考えられるのだと思います。
それが一つ、完成したのが入試のニ週間前でした。
それまでは言われるがままに周りに流されてしまったり、自分を信じられなくなったりする時が多々ありましたが、常に思考を止めませんでした。
枝が分かれ、次々と根を生やすように、脈々と続く考察を繰り返して、必ず納得できる答えに辿り着くまで考え続けました。
そうして出た答えを一つ試す。その結果によって進む道を変えてみる。
このように実験的に過ごし、自分のメンタルを安定させるためには、実技を伸ばすためにはどうしたら良いのかを試行錯誤する日々でした。
でも、このやり方には一つ落とし穴があり、それは視野が狭くなってしまうという点です。
やはり、自分の頭の中の声だけだと外界の声には気づけなくなってしまう。
なぜこの道を選んだのか。
なぜ絵を描き、立体を作るのか。
私はどうしてここにいるのか。
そこまで低迷してしまって、ひどく悩んだ時期がありました。
もし、そのような状況に陥ったら、私なりの解決策を参考にしてみてください。
「堕ちるとこまで堕ちてみろ」
私はこの言葉の通り、本当に自分は明日生きていけないんじゃないのか。と思うところまでいきましたが、そこでしかみられない景色があることに気づきました。
道にぶちまけられているゲロや鳥の死骸、ゴミの荒された跡などの、不快だとされる景色に感動を見つけられるようになりました。
世間一般の美しいとされているもの以外にも、必ず美しさがあって、感動には制限がない。
何にも不正解はなく、正解はない。
世界は思っているより遥かに広大で自由です。
それならやりたいようにやればいい。
そこからは自分の楽しさに全てを振りました。
この作品が生涯の遺作になるとして満足して死ねるか。悔いがないか。
滝田埜乃花がそこに形として遺れば他に何もいらないや。
私は傲慢なのでそれを望みました。
幸運なことに、私には器用に動かせる四肢とニ十本の指があり、素材を動かせるだけの脳みそがついている。
そして、何よりも感動をカタチにできる。
感謝しかありません。産んでくれた母にも、この世界にも、全てに感謝しかありません。
目の前の景色を認識してただ涙が溢れる。理由はわからない。わからないが、胸が満たされる。
これ以上の幸福はないと思います。
ここに辿り着くための全てを教えてくれたのがすいどーばた美術学院だったと思います。私は技術だけを身につける場所ではないと思っています。
これから先、幾つ生きるかは分かりませんが、その日々を謳歌できる人間へと成長するその手助けとなる場所です。
これまで支えてくださった講師の皆様、
私のわがままを信じ、最後まで背中を押してくれた家族、全ての人々と世界に感謝を伝えたいです。本当に有難うございました。
好き勝手に暴れて、楽しみつくしてやろうと思います!( ° ? °)
A.Kさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
多摩美術大学 彫刻学科
出身校:跡見学園高等学校
『気付く』
正直、受験生活の中で人間として大きく成長したかと言われると、そんな事はない。
でも、自分の視野の狭さや偏りと向き合い続けると、あるちょっとした意識、誰かの不意な動き、いつも見ていたはずの言葉が、私の手の動かし方を変えることがある。
その1ミリの差を、気付いて、直せる、良い方に変えられる、その力を地道に育てる事が大切なんだと、一年経って気付いた。
気付くのに大切なのは、
肩の力を抜いて、物事をシンプルに考えること、全部やろうと思わなくて良い。
分からないなら、分からないを明確に作れば良いんだと思う。
すぐ固まる私に、何度でも芸術の広い懐を思い出させてくれた講師の方々、金銭面、生活面で根気強く応援してくれた家族、一緒に悩み、戦ってくれたどばたの皆んな、
本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
見守り体験記:お父様より
『悩み続けて、今・・・』
娘が美術系の大学に進学したいと決意したのがいつか? は、父の私にははっきりわかりません。
というのは、娘ははじめから決意を口に出して自分のヤル気を駆り立てるタイプではなく、内に秘めて必要なことにコツコツ取り組むタイプだからです。
もちろん親としては、
そもそも進学できるの?
ついて行けるの?
卒業してどうしたいの?
などという世間並みの悩みはあったといえばありましたが、上の子(姉)も、同じように自分で自分の進路を決め、着実に次の手を打っていくタイプだったので、「自分で考え、自分で選ぶ進路を全うできるよう、必要な環境を整えるだけ」の親でいるよう、極力口に出さない......ように心がけました。
実際にはいろいろ言ってしまいましたが。
やっぱり誰かに習ったり、指摘してもらわないと、独学は厳しいだろうな、とは思ったので、中学生の時から美大進学予備校の中学生クラスに通うことを勧め、「どばた」にも私がパンフレット入手や下見してから、そーっと「こんなところあるけど、行ってみたい? 行ってみたければ、学費はぜーんぜん気にしなくていいから、言って」と様子を見る感じでした。
「どばた」には、高2から基礎科に週3回通い始め、高3では受験科に週5回通うようになりました。
高校から「どばた」への通学はそれほど不便ではありませんでしたが、高校の部活もありましたし、学校の勉強も疎かにする子ではなかったので、時間の使い方に慣れるまで大変だっただろうと思います。
夜帰って来て、ソファーに倒れこむ日もありました。
それでも、学校の進路相談などの機会もありましたし、その頃には藝大に進学したい!という闘志は芽生えていたのだろうと思います。
そして、受験科では翌年3月に向けての対策を指導していただいてかと思いますが、私の方はまだまだ(これで大丈夫だろうか?)という悩みはありました。
「どばた」の保護者面談でも、主任のО先生に、「この『どばた』でも現役生は毎年1人か2人しか合格できないくらいなのだから、本人を追い立てず、浪人前提の長期戦で指導してください」と申し出て、「優しいんですね?」と慰められたようなたしなめられたような......。
本人はもちろん「現役で決めることを頭において頑張る」と言っていましたが、さすがに難関でした。
他私大にも合格し、1次試験は通過したのは望外で、(もしかしたらこのまま通ってしまうかも?)と思ってしまっても、やはり二次の壁は厚かったです。
「私大に入学金払った方がいいか? 考えてね」と言ってギリギリまで本人も考えていた結果、「また藝大にチャレンジする」と言ったので、内心(良かった......)と安心しました。
諦めることだけは、しないで欲しかったからです。
浪人生活に入る時には、本人に言いました。
高校生でもなく、大学生にもなっていないこの1年、
今の自分は何者なんだろう?
これからどうなっていくのだろう?
が見えない宙ぶらりんの時期を自分が羽化前の蛹の期間だと思って、楽しめばといい。
先生の指導を聞いて、友達とも切磋琢磨できるといいな。
熱い先生にも恵まれ、同じクラスに仲のよい友達もできたようで、夜遅く帰って来て、友達とどんなことをしたか?
どんなことが難しかった、こんな点を褒められた、すごい友達がいる・・・など聞くのは、私も楽しかったです。
それに、時々「日常ブログ」に作品を掲載されたことは、きっと大きな励みになったことでしょう。
長野県の美術館まで一人旅した経験も、夏休みに友達の家に招待してもらったこともありました。
もちろんうまい子と自分を比べたり、講評で言われたことが自分の中で消化できなくて悩むことも数多くありました。
それでも、「どばた」では、充実したよい空間・環境で頑張れていたようです。
懇親会幹事となり、会場との交渉や参加費の徴収では結構苦労したようですが、本人は「調整型」の人間なので、一つの修行になったかも知れません。
「どばた」では毎年、約10名の浪人生が合格しています。
(昼間部には数十名いる中で、その10人に入ってくれ、もし入れなければ、また来年だ)が、私の考えでした。
2026年度入試で決着がつくか?は、結論が出てみなければ誰にもわかりません。本人も、浪人を続けて初志貫徹するか、やる気が維持できるか不安もあり、私大に行くか......で最後まで悩みはあったようです。
「どばた」の模試やコンクールでは上り調子に好成績を重ねていたようですので、(このまま本番に突入してくれればいいな)と祈っていました。
そして、最高の合格発表日を迎えることができました。
私も、うれしかったですが、ホッとしました。
本人が「限界だ」と自分の可能性を封じ込め、諦めることにならなくて、本当によかった......ただただ、そう思います。
20名の合格者中、「どばた」からの進学者が4分の3を占めるとのことで、「どばた」を選んだこと、先生方にお任せしたのは正解だったと、今噛み締めています。
なにやら「どばた」生の知った顔がそのまま移動するようで面白いなー、でも「どばた」で培った友達関係がまだ続いて行くんだな、と思うのは、それも将来への希望の1つです。
もちろん別の進路を選んだ友達とも、何かで連絡を取り合って励まし合うことは続いていくことでしょう。
不安な浪人生活の中で、そんな努力する姿勢、意志を持続するメンタル、コミュニケーション力などなどを育ててくれたのは、先生方・事務の方々・目標を持ったたくさんの友達だろうと思います。
皆さんには、親の私からも感謝を申し上げたいと思います。
池袋に通うのは終わりますが、「どばた」での時間を思い出してまた頑張る!ように、娘にとって大切な時間をいただけた、そう思っているのです。
N.Yさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
出身校:西大寺高等学校
『考える』
調子に乗って遊びすぎていると顔面を骨折するし、無理して頑張りすぎていると疲れで何も判断できなくなり、ゴミ収集車と事故します。
僕はそういう痛い目に遭わないと気づきませんでした。体調もメンタルもデッサンも塑造も何もかも、自分の今の状態を把握し、やらかす前に冷静になってどうすべきなのかをしっかり考えて行動し、良くしていくことが大切だと思います。
B.Tさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
出身校:作新学園高等部
『自分に自信を持ってみる』
私は地元栃木県の美術系の高校から、三年生の夏に初めてどばたに来ました。
そこから現役は講習会だけ通い、一浪、二浪目とそのままどばたで過ごしました。
どばたに来て本当に良かったなと思う事は環境です。自分よりも遥かに美術、彫刻が大好きな人達で溢れていて本当に日々感化されていました。皆美術が学びたくて自ら足を運んでいるので、当たり前に全員本気で、そんな人達から生まれる実技中の緊張感とぐぉーッて皆で上がっていくアトリエの空気感の中で制作出来るのが本当に幸せでした。
講師の方々が指導や講評の中でかけてくれる言葉にも毎日心を動かされて、考え方が毎日変化していって、でも時々ピンと来ない時もあって。でもいつの間にか自然と分かるようになっていた事に気づいた時はとても嬉しかったです。
でもきっと私が知れたのは本当に一部で、自分より遥かに沢山の事が見えてる人達が羨ましいのでこれからも沢山視野を広げられたら良いと思っています。
美術の技術を身につけに予備校に通うものと思っていたけれど、実際は考え方、ものの見方について沢山学ばせて頂きました。
私が意識していたこと
1.やれる時にやってみること
自分の実力的に毎日居残りをするくらいじゃないと周りに追いつけないのは頭では分かっていました。でも自分はあまりストイックな性格では無くて、疲れやバイト、家事を言い訳にして毎日居残りはしていませんでした。
でも途中で、本当にこのままで良いのかなと思い始めました。これでもし次、通過出来なかったらこの居残りしなかった日々を許せるかな、っと思い、疲れて帰りたいな、家でゆっくりしたいなって思った日も踏みとどまる事が出来ました。でも疲れているのは事実なのでクロッキーだけにしたり、最後までは残らずに帰ったりと調整しました。始めてみたら意外と集中して最後まで居残りしてたことも沢山あったので、私の場合はとりあえず居残りのセッティングをして、始めるだけ始めてみる事を意識しました。
2.自分を信じる、信じるフリをすること
私はデッサンがずっと苦手意識があり、ほぼB'に居ました。Bも3回しか取った事が無かったし、初めてB゜に乗れたのは二浪の入直の2月中旬でした。
あまり自分に期待して居なかった事、落ち込む時間があったら次出来ることを考えようという意識もあって、コンクールの結果で落ち込んで引きずることは少なかったです。でも二浪の冬季くらいにB'に居る自分を見て、周りはどんどん成長してるのに何で私はここに居るんだろうって思って本当に焦って落ち込んでいました。
その後に「コンクールで結果が出て自信がつくんじゃなくて、自分に自信を持って実技に取り組むから結果がついてくるんだよ」って言葉をかけてくれた方がいました。その時ハッとして、考え方が180度変わった気がしました。
そこから自分に自信を持つこと、どうしても持てない時は持ってるフリをして良くない考えは言葉には出さないように心がけました。
言葉に出したら周りもネガティブな気持ちになるし、まだ起きても無いことを心配するのは辞めたいと思いました。
3.講評ノートでまとめていたこと
◎実技中に言われたこと
◎講評前に全体の中に並べてみて自分の実技で気づいた点(良い点と改善点)
◎講師の講評
◎他の人の講評で心に残った言葉
◎次の実技で気をつけること1つ
最後にどばたに通わせてくれて信じてくれていた家族、ここまで成長させてくださった講師の方々、大好きな友人達には感謝してもしきれないです。
実技も精神的にもまだまだ未熟な私ですが、これからも更に成長出来るよう日々実直に取り組んで行きます。
R.Aさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科 現役
出身校:都立総合芸術高等学校
『自分なりに』
自分の成長に都合がいいように、日々実技に向き合っていました。
例えば講師にダメ出しされたとき、僕は状況に応じて色んな受け取り方をしていました。
「まだ本気出してないだけ」と、ダメ出しをするりとかわし自信を保つやり方、真摯に受けとめ本番も気を付けようとしっかり反省するやり方、「期待されてるんだなあ」と受け取るやり方などです。
不真面目ですが、そういうふうにうまくバランスを保てていたことが合格につながったのだと思っています。
それと大切にしていたのは、どばた以外の時間。特に睡眠です。
最後に感謝を伝えます。毎日支えてくれた家族、講師の方々、優しくて面白い友達。僕は恵まれていました。本当にありがとうございます。
これからも頑張ります。
T.Kさん
合格大学:東京藝術大学 彫刻科
出身校:S高等学校
『精神的自立』
常に葛藤して、独りに拘る。いい塩梅で人と遊んでふざける。頭にかかる負荷に苦しみ続け、そしてそれを楽しむ。この1年間はひたすら精神的自立と戦ってました。落ちた年を振り返ると、ペラペラ人に喋っては勝手に解決した気になってスッキリする、そういう癖がありました。そんなんじゃ土俵にすら立ててないと思ったのは二浪してからです。実技的な力と、精神的な力、この2つを持って初めて実力って言うんだと思います。
休みが必要だと思ったら思いっきり休む。自分のペースをしっかり掴んで、なにより彫刻を楽しむ。めっちゃ楽しい3年間でした。ありがとう!!!!
