中嶋貴久氏

中嶋貴久氏

1971年生まれ。
1998年東京藝術大学デザイン科大学院修士課程修了。
同年電通入社。
広告のアートディレクションを中心にグラフィックデザイン全般を手掛ける。
ADCグランプリ(2010)、ADC賞(2008/2010)、JAGDA新人賞(2005)
日経広告賞最優秀賞(2007/2009)、
毎日広告デザイン賞最高賞(2008)
朝日広告賞グランプリ(2008)
東京アートディレクターズクラブ会員、
日本グラフィックデザイナー協会会員

すいどーばた

旭化成「水の星、ふたたび」
旭化成「水の星、ふたたび」

 17歳の頃、毎日友達の家に溜まっては夜遊びに興じていた。何の気力もなく、何の目標もなかった。ただ楽に生きて行きたいとだけ思っていた。17歳の夏、美容師になろうと思った。当然なんの志もなく、ただ受験勉強をしたくないだけだった。そんな息子の甘い考えは、すぐ親に見透かされ、大学に行くよう説得された。そして、ちょうどそこに居合わせた兄が「だったら美大にでも行けばいいじゃん」と言った。僕は「美大って何?」と言った。すると兄は「絵を描いて入れる大学があるんだよ」と無知な弟に言った。こうして、安易な理由ではあったが美大を目指すことになった。

18歳になり高校3年になった。その夏、すいどーばたの夏季講習を受講することになった。高校生ばかりが受講するコースでレベルの高いクラスではなかった。しかし、初めて描いた石膏デッサンは最悪だった。その最悪のデッサンは講評会の間中イーゼルの下段の隅に置かれていた。すいどーばたに通うまでは絵なんて簡単に描けると思っていた。何の取り柄もなかったが、絵を描けば大人から褒められることが度々あったからだ。
帰りの電車の中で涙が溢れ出そうになった。そして、その日から人生が変わり、その日から自分自身に真剣になった。そして、秋から夜間部に通うことを決めた。
夜間部は高校とは全く違う雰囲気を持っていて、新しくできた少し大人びた友人達と毎日課題に取り組んだ。受験までの半年はあっという間で、その時はがんばったという充実感があったが、今思えばまだまだ厳しさが足りなかった。案の定その年大学生になることは許されず、もう一年すいどーばたに通うことになった。

 サンシャイン水族館
サンシャイン水族館

昼間部は夜間部とは違って甘えは許されない場所だった。先生は厳しく、うまい生徒のことしか相手にしなかった。今はそんなことはないだろうが、当時はそういう教育方針だったのだろう。自分で這い上がって行くしかない。そんな時代だった。
講評会では、上位3人の指導に終始し、へたくそな奴らはリンゴを描いて持って来い。以上!それが僕らに対しての講評だった。そして、リンゴを描いて持っていったのは、いつも僕だけだった。
しばらくは、うまくなって先生に名前を覚えてもらうのが目標だった。
先生は厳しかったが、すいどーばたに通うことは本当に楽しかった。変な話だが、3浪の先輩に本気で憧れたりもした。そして、人生で初めて充実した日々を過ごした。
夏を過ぎた頃、先生から名前を呼ばれるようになった。
当時のすいどーばたの教育は受験が全てではなく、アカデミックな美術教育を目指していたように感じる。大学に受かることがデザイナーやクリエーターになるための最終目標ではないという信念が先生方にはあったのだろう。そしてその先生方からは色々なことを学ばせてもらった。
デッサンを描くことは洞察することだと知り、今デザインすることに通じていると感じる。
この年も大学生にはなれなかったが、なぜか心は晴れていた。まだ、すいどーばたでやり残したことがあったと感じたからかもしれない。
そして、2年目の昼間部も只々がむしゃらだった。全てがうまく行っていた訳ではないが、その年芸大のデザイン科に受かった。

Japan Fashion Week in Tokyo
Japan Fashion Week in Tokyo

目標がはっきりすると人はがんばれるのだと思う。限界までがんばった経験があると、困難にも乗り越えられるようになる。そして、自信を持てるようになる。
芸大には大学院にも進学したので計6年間通った。当時の芸大はかなりの放任主義で、色々なことを自分で考え決めて行かなくてはならなかった。良く言えば、大人扱いされていたのだろう。しかし、人生の目標や進むべき道を決めることはなかなか容易なことではなかった。予備校時代のように目標はシンプルではない。大学での6年は目標を探すための6年だったような気がする。
その結果、アートディレクターになることを決め、電通に入社した。

40歳を過ぎた今、すいどーばたで過ごした2年半が自分のクリエイティブの礎になっているのだと感じる。ものの見方を学び、努力することを覚えた。
予備校の教育を否定する人もいるが、何事にも基礎は必要で、大学に入ると基礎を学ぶ機会は極端に減る。土台のない上には何も積み上がらないと思う。
すいどーばたに通うということは、クリエーターになるための土台を作ることだと思う。そして、一生終わることのない努力をすることの第一歩がすいどーばたにある。そういう気持ちですいどーばたに通ってもらいたい。
努力が無駄になることは決してないと思うから。

NGO GLOBAL VILLAGE「life with attachment」
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