建築科

西沢 瑶 さん(2019年 建築)

長野
県立長野県長野高等学校 卒

合格大学:
東京藝術大学 建築科
法政大学 都市環境デザイン工学科
多摩美術大学 環境デザイン学科

「機軸」

藝大建築科の入試には、「空間構成」や「総合表現」と名付けられた、理解の難しい課題が出されます。私は、以前、これらが答えのない課題であると決めつけていました。また、講師陣の語る思想や、他の学生の作品と独創的な考えに過度に影響され、“思考の波”に漂うような感覚の中であてもなく流れるように、ただ、手を動かすことしかできませんでした。
しかし、二度の藝大受験を経て、私の考えに変化が生じました。入試課題が例え“答えのない曖昧な課題”だったとしても、そこに“自分なりの正解の形”を与えることで、“誰も否定することができない何か”を表現できるはずだと考えるようになりました。
すると、過去の入試課題が、まるで設計依頼のように見えてきました。つまり、建築設計と同じように、特殊な設定や難解な条件にきちんと応えつつ、自分にしか導き得ない解を示す必要があるはずだ、と。
私は、「藝大は受験者に、『施主に対する誠実さ』と『建築家としての自立性』を求めているのではないか」と考え、『建築家は誠実であるべきだ』という思想を”正解の形”の軸に据えることにしました。今振り返ると、これがためになり、地に足つけて制作に臨むことのできた一年間になったと思います。
また“どばた”という、様々な思想を持つ受験生達が一堂に会する、いわば”もの言い合う場所”で切磋琢磨できたことは、何よりの勉強でした。互いの長所を認め合い、あるいは短所があれば発破を掛けて励まし合うことができ、学友に恵まれていたことを実感しています。学友に加え、ここまで支えてくれた両親、最後まで丁寧かつ的確な指導をしてくださった講師の先生方には、心から感謝をしています。本当に、ありがとうございました。

上村 陽風 さん(2018年 建築)

東京
都立駒場高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 建築科

「モノづくりの世界」

私はすいどーばたで本当に沢山のことを教わりました。
技術面はもちろんのこと、人としてのあり方や、美術に対する考え方、また何かに向かって全力で自分を表現していく、モノづくりの世界。
ただ入試に合格するためでなく、この世界に入った人間がどういう心持ちを持っていなくてはいけないのか。
そういった、これから先に向けての絶対的な教訓を教わりました。

どばたに通い始めた頃は、様々な種類の課題に右往左往する日々。静物デッサンや立体構成、総合表現に建築写生、さらに空間構成など、やらなくてはならないことがとても多くあります。
また、それらにはそれぞれのやり方があり、1つ1つをはやく覚えなくては!と焦っていたのを覚えています。
と同時に、何故入試で全く使わないことも覚えなくてはいけないんだろうと、疑問に思ってもいました。

それらが単なる1つ1つの課題ではなく、すべてが全てに通ずるということに気づいたのは、少し経ったあとでした。
先生が繰り返した「モノづくりの世界」という言葉。建築に関わらず色々なものを見なさい、様々なものに触れなさい。
それらは本当に大切なことであり、浪人生活に欠かせないものでした。
一浪二浪での沢山の一人旅しかり、建築写生や立体構成で学ぶことも質が変わりました。

実際に入試で行った総合表現には、今まで体験してきたすべての積み重ねがにじみ出たように思います。
様々な勉強の場を教え、与えてくれた先生方、また作品に対し熱い議論を巻き起きしてくれたライバル達に感謝しています。
どばたで経験した「モノづくりの世界」はこれからの一生のコアであり私の生き方です。
これからもそれらを頼りに制作に励んでいきたいと思います。ありがとうございました。

尾前勇向 さん(2017年 建築)

宮崎
県立都城泉ヶ丘高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 建築科

「糧」

一浪の途中で藝大を受験することを決断した私は、夏季・直前講習ですいどーばたにお世話になった。
夏季講習で初めてどばたに来た時、周りの受験生の作品に衝撃を受けた。
それからは、常に彼らを意識しながら、地元宮崎で制作活動に努めた。
直前講習では、周りと競い合いながらも飲まれることのないよう、自分の作風を乱すことなく研ぎ澄ましていくことを意識した。
そして本番では、評価される作品を作ろうといった、ある意味制作の不純物となりうるものは捨て去り、課題の中で自分のやりたいことを自分のやりたい方法でやりきるという意思のもとで机へと向かった。

 こうしてこの一年を振り返ると、常に自分との勝負だったように思う。
その中で、どばたに来たことは私の中で一つの柱となり確かに支えてくれた。共に制作をした仲間たちは常に刺激を与えてくれ、己の未熟さを教えてくれた。
周りの沢山のアイデアに触れたことは、独りよがりな発案の拙さを浮き彫りにしてくれた。そして、その道のプロフェッショナルである先生方の講評は、作品を確実により良くするための架け橋となった。
全てが糧となり、この結果を手にする事ができたのだと今では感じる。
改めて、ここまでご指導くださった先生方、そして共に競い合い意見をぶつけ、時に支えてくれた仲間達には感謝しています。

蓮溪 芳仁 さん(2016年 建築)

滋賀
県立虎姫高等学校 現役

合格大学:
東京芸術大学 建築科
武蔵野美術大学 造形学部 建築学科

「挑戦」

 小さい頃から東京芸術大学に入るのが夢でした。そんな私は高校2年時に理系に進んだことから建築学科を目指すようになります。
2年の冬から美術の塾に通うようになりましたが、私の住んでいる滋賀では受験の情報が足りないことが問題でした。
そこで、3年の秋にすいどーばたの公開コンクールに行きました。不安を募らせる私に,どばたの先生方は熱心に相談に応じて下さいました。
そこに引かれて直前の講習もここに通うことを決め、センター試験後に再びどばたにやって来ました。
上手な人が集まる環境の中で課題に取り組むことでより多くのことを学べます。
先生方は日々の講習での質問に答えるのはもちろんのこと、与えられた課題の復習をやってくるとしっかり評価して下さいました。
先生や共に受験する仲間、そして家族・・・。たくさんの人々の支えがあったからこそ私は合格することができました。
それに報いるようこれからも挑戦し続けたいです。

笹岡 辰亘 さん(2016年 建築)

埼玉
県立熊谷高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 建築科

「始まりは楽しむことから」

僕は藝大の試験課題である総合表現だけではなく旧課題である建築写生や立体構成、また静物デッサンなど建築ならではの多種多様な課題が全て好きでした。
ドバタがない日でも学科の勉強をほったらかしてたまにスケッチに行くことがあった程です。
あらゆる課題を貪欲に自分の糧としていったつもりでしたが、「空間を描く」という感覚をつかむことが出来たのは二浪の後半でした。
文章が重要視され始めてきた近年の傾向の中、デッサンの力を上げて行こうとするのはナンセンスなのかなぁと不安になることもありました。
しかし、試験では自分のあげたコンセプトと沿うような形で内観図に手が進んでいき、2年の間で自分が出した「空間を描く」と言う言葉に対する答えを体現するような形で作品を仕上げることが出来たので、なんとなく手ごたえを感じることが出来ていました。
今思えば、総合表現以外の多種多様な課題を楽しみながら取り組んでいったことが、自分の持つ空間感の基盤を培っていき、最終的に試験を良い方向へと転ばせることが出来たのではないかと思います。
絵の描ける人、頭の良い人、自分よりも立派な長所のある人達がいる中でどうしたら自分が作品において目立つ事ができるのか、常にそれを考え続けてきた2年とちょっとの時間でした。
自分の空間感を良いものへ叩き上げてくれる課題を作ってくれた先生方先輩方、そして作品を通して語り合い火花を散らした現役から二浪までの多くのライバルに感謝しています。

鈴木 望 さん(2016年 建築)

福島
私立聖光学院高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 建築科

「心機一転」

自分は一浪目からすいどーばたに入りました。
この予備校に入ってまず感じたのが、面倒見の良さ。春から夏にかけては、デッサンやパースペクティブなど基礎的なことを重点的に学びました。
秋から冬までは、来たるセンター試験に向けて勉強に重きを置くよう指導されます。
芸大建築は実技だけでなく学科も取らなければならないのですが、どばたがその指針を示してくれるので大変助かります。
センター試験を終え、いよいよ本格的に試験対策。旧傾向、新傾向、様々なアプローチで芸大の想定課題に取り組んだおかげで、本番も焦らずに迎えられました。
建築をより好きになるような課題や機会も多く設けてくれるので、浪人生活はとても充実したものになりました。
生徒同士の関係も非常によく、切磋琢磨する仲で、お互いの作品や考えに対して意見し合う「エスキース」も頻繁に行われていました。
無事芸大に合格しましたが、ここが終着点ではありません。自分の夢を叶えるためにも、今迄バックアップして下さった講師、両親の期待に応えるためにも、頑張って行きたいと思います!
「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も」

羽切 花那 さん(2011年 建築)

東京
私立吉祥女子高等学校 現役

合格大学:
東京芸術大学 建築科

「第二の学校」

試験内容が変わった年と言う事で「何が出るか解らない」という不安があった中、本番を全力で迎えられたのはやはりどばたにいたからだと思う。 新しい試験が課せられる、つまりどれだけ試験の本質に迫れるか。私は高校ニ年生の時からどばたにいたのだけど、試験内容が受けてみるまで分からないなんて知った時は面食らった。例年通りの授業ではない、柔軟な実技の練習をしなければならない。だから問題を作る時、先生方は本当に難しい所を考え抜いてくれたんだと思う。一つ一つ工夫のこもった授業を私達は信じてやってこれた。
そしてどばたは私にとって、単なる予備校ではなく「第二の学校」だった。それだけ密度ある有意義な時間があった。
もちろん、美術の講評は普通の学科の授業と違って、直に言葉でそれ以上でも以下でもない自分の実力の実物大を思い知らされる。負けず嫌いの私にとって、結果が満足いかない時は、重たい岩を抱えたみたいな気分になった。でも本当に大切なのはその時その時の結果ではなくて、その後の事。耳に痛い助言ほど薬になると思って、講評はその場で肝に銘じる様に書き取った。
ふと、どばたで出された宿題をやっている時に気づいた事がある。どうにも家でやると満足いく完成度にならない。机を並べて皆のエスキースの様子を盗み見しながら、時には焦りまたライバル心を焚き付けられてぐりぐり描いた力作は、そういう環境でしか出来ないのだ。
どばたでは、一つ一つのアドバイスから伝わって来る真剣さ、それを頼もしく思って生徒同士で広がる本気。受験本番に向けて集中が研がれていくような感覚があった。センター科目も二次試験も変わって波乱の年だと思ったけれど、的確な指導をしてくださった先生方とプチ講評をしてくれた友達の色々な言葉が今私をこの位置に導いてくれた。切に感謝しております!お世話になった分、恥じない大学生活を送りたいです。

堀内 万佑子 さん(2010年 建築)

神奈川県
私立カリタス女子中学高等学校 現役

合格大学:
東京芸術大学 建築科
武蔵野美術大学 建築学科
多摩美術大学 環境デザイン学科

「どん底でもあきらめない、発表まで信じることをやめない」

『立体構成の「土台」は建築でいうならその土地の特徴。湖の近くなのか山の斜面なのか砂漠なのか。立体構成の「問題の意図」は建築でいうなら施主の要望。老後をのんびり過ごしたいのか、週末遊びに来たいのか、六本木に似合う家が欲しいのか。だからよく問題を読んでごらん。
そうやって、たてもののカタチは生まれるんだよ。』1番心に残っている言葉。これは1番初めの春季講習で教えてもらったこと。これを聞いたときすごく心がときめいた。「そっかぁ!そうやって建築家、たてもの考えてんだー!」と思った。が途中これを忘れかけ、少しだけできるようになったのは最後の1週間ぐらいだった。一歩進んで百歩下がる。ずっと、これが私の立体構成への印象だった。
自分が目指すレベルやりたい事と実際に出来上がった自分の作品との差、ジレンマ。それができなかったのは成り立たせ方を理解していないのか気合いが足りないのか。先生の講評、悲しくて腹が立ってできない自分に憤って、トイレで号泣(本当はトイレなんか行かずに個人的に講評してもらうべき)。でも繰り返し繰り返し言われたことを頭のなかで思い出し(思い出そうとしなくても頭をグルグル回る先生のコトバあふれるナミダ)考えるうちにすこしずつじわじわと納得できた。そうやって1つずつ考えていって理解できた分だけずつ、成長できた。それでも講評の時作品を並べられ最下位でヒドい時にはお話にならないと言われズッゴーン。みんなのレベルが高いのと、自分のレベルが低かったのとでその差は大変なことになっていた。みんなに追いつこうと必死で家に帰ってから優秀作品を模写をしたりひたすらエスキースをしたりした。おばあちゃんの「いつだって自分との闘いなんや。」という言葉は、忘れられない忘れたくない。
本番、言葉じゃ表せないほど、うきうきしていたのを覚えている。すごく楽しかった。
私が芸大建築を目指した道のりはかなり遠回りだったかもしれない。もっと素直になればもっとスマートにいろんなことが吸収できたかもしれない。そうすればもっともっと自由に表現できたハズだ。悔しいけど、事実、後悔が残ってしまった。でもこの経験を今後に生かさなければ本当にただの無駄。考えなきゃいけないことはままだまだ沢山ある。講師の方々、一緒に学んだみんなから教わったことを大切に、私は責任を果たさなければならない。
最後に、沢山のことを教えて下さった先生方、心から励まし支えてくれた家族、苦しいときにも笑顔をくれた友達、サポートしてくれた方、もの、言葉、本当にありがとうございました。

駒崎 継広 さん(2010年 建築)

東京
都立両国高等学校 現役

合格大学:
東京芸術大学 建築科

「どばたでの成長」

春季講習で、一枚のデッサンに六時間もかけるということに衝撃を受けてから、どばたでの日々がスタートしました。
始めの頃は何もかもが新鮮であり、参考作品と自分の習作との埋まりようの無い様な落差に凹みつつも、自分の中で感じる進歩や発見が楽しいということでやっていました。 また、受験の緊張感も殆んどなく、なんとなく一浪も視野に入れていたので呑気なままで過ごしていました。
しかし夏季講習で立体構成をやる際に、周りの人たちの発想や生み出す形態に驚き、なかなか思うように結果が出せない自分に焦りや不安を覚え、気持ちが萎えたりもしました。 そして、来年から建築写生が入試科目からなくなるという話を聞き、学科が弱点である僕は、そこに至ってようやく今年中での合格を強烈に意識し始めたのです。
それ以降はひとつひとつの作品に、より気持ちが入るようになり、基礎的なところをおさえてゆくばかりでなく、積極的に実験するようにしました。 また、講評の時に先生に対して言い訳をすることも、まったく不毛だと痛感し自分の出したいかなる結果にも素直に向き合うよう心掛けました。
入試本番は、不安を残したまま受けることになったのですが、今までどばたでやってきたこと、そして自分に自信を持ち、悔いのないように出し切ることができたのでした。 そして、どばたでの日々の中で、どばたの友人と、互いの作品に対して率直な感想を言い合ったり、指摘し合ったこと、一つの課題に関して共に考えたりしたこと、また、先生方に、各々の考え方・感じ方や経験談などを聞かせていただいたことが、とても自分を受験生として、或いは一個人としても成長させてくれたのでした。
だから、自分の合格はホントに多くの人に支えられたものなんだなぁと思うのです。

山川 陸 さん(2009年 建築)

東京
開成高等学校 現役

合格大学:
東京芸術大学 建築科

「思い」

どばたへ入ったばかりの夏は、単純に楽しさだけで過ごせていた。しかし、どばたに慣れてくると周囲との実力差を感じて焦ることが多くなった。入った時期が遅かったから、ということを言い訳にはしたくなかった。自分が準備を始めたのが遅かろうと本番はみんなと同じ日にやってくる。その思いだけが空回りし、思うように前に進めない日々が続いた。
そんな中、先生のある言葉が印象に残った。「建築写生は入試のためだけのものか?」先生は建築写生を、建築にこめられたものを追っていく行為だと語った。 僕は勉強の目的を履き違えていたようだった。講評で褒められたいとか、いわゆる「いい」立体が作りたいという考えを第一にしていてはいい作品ができるわけがなかった。この言葉を家で考えなおすうちに気持ちが少し楽になった。与えられたものを楽しんで受け止めよう、そう思うようになっていった。
しかし普段はどばたの仲間に囲まれて勉強をしていても、本番は結局自分との戦いになる。その緊張の中にあって思い出されるのは、どばたでそれまで過ごした日々だった。初めて描きあげた建築写生の達成感、1人だけ立体ができなかったときの言いようのない悔しさ、デッサンに取り組むアトリエの緊張感。多くの思い出が脳内をめぐって、それが自分の作品につながっていった。
今まで指導してくださった先生方、どばたのみんな、教務の方々、友人、中高の美術の先生、すべての関わった人に感謝。どばたで本当に良かった。これからも頑張ります。