[映像科] 感覚テスト解読その1

武蔵美映像学科の一般入試では「感覚テスト」という名の実技試験が出題されます。ひとつの感覚テスト作品を取り上げて解読していきます。

 

感覚テストは絵と文章を使ってB3サイズの画用紙にイメージを描く課題です。デッサン的であったり文学的な描写や表現は必ずしも必要ではなく (もちろん上手いに越したことはないが)、重要なのは絵と文章で読み手の頭の中に映像を流してあげることです。映像科なので実際の入試に映像作品を作ればいいのではと思うかもしれませんが、機材や時間の問題、あるいは経験が大きく影響してくるという点で現実的ではありません。誰もが一度は書いたことがある絵と文章を組み合わせて映像的な感覚を見るというのは合理的に思います。

では映像的とはどういうものかといえば、ひとつには映像が「時間を切り取り、また創造するもの」であるということがポイントになります。どのような時間をどのように映すのか、これはあまねく映像作品の抱える命題であると言えます。つまり、感覚テストにおいてもある時間を想定し、その描き方を工夫することで映像的な感覚を持った作品になるということです。

 

では、実際の作品を見てみましょう。ここでは武蔵美の発行する「2017年度入学試験問題集」からすいどーばたの生徒の作品をひとつ取り上げます。

 

入試問題は

下記の文章から想起する場所のイメージ、あるいは出来事のイメージを解答欄に絵と文章で表現しなさい。

「ここには来たことがある。」

というものです。

 

 

 私は茶道室にいる。畳の粗い感触がすねから伝わってくる。障子から漏れる昼過ぎの光が暖かい。周囲はぼんやりしていて曖昧なのに意識だけが鮮明だ。目の前に花束と花瓶が置かれる。花瓶は口の広い円型で底が浅い。黒い肌には何も映っていない。まるで全てを飲みこんでいるかのように。畳の上にあるとその異様さに目が引かれる。私は迷うことなく花を生けた。棚の上に並べるように言われ、花瓶をそっと持ち上げ、窓際に置く。やはり花瓶が目立つ。全員で一列に並んで作品を見る。引きずる足は畳の音を鳴らす。私の作品の一つ前、一輪の花ざしを見て一歩進める。そこに畳はなかった。底のない深い穴がぽっかり開いている。足が滑り、私は深い穴の中へ落ちていくが、恐怖はない。光が次第に弱くなり、光の粒が消える瞬間ゆっくり目を閉じ、意識を手放した。

私は茶道室にいた。畳の粗い感触がすねから伝わってきた。障子から漏れる昼過ぎの光が暖かい。目の前に花束と花瓶が置かれた。その瞬間、部屋にあるものの影が濃くなった気がした。花瓶は口の広い円型で底が浅い。が、花瓶の肌はやわらかい光を反射し、滑らかな感触がした。覗きこむと、私の顔が歪んで映った。私は一本ずつ花を生ける。桔梗の花を右端にさしたが、何かが欠けたような気がして中心に生けた。出来上がった作品は完璧だった。この時間には来たことがある。棚の上に並べるように言われ、花瓶をそっと持ち上げ窓際に置いた。やはり花瓶は目立った。全員が一列に並んで作品を見た。引きずる足は畳の音を鳴らす。私の作品の一つ前、一輪の花ざしを見て、はっと穴のことを思い出し足を止めた。畳の目に少しだけ足が沈んだ。息を小さく吐き出すと パリンッ と音がした。目線の先で花瓶が割れていた。

 

この作品は前後半で対になる構成がとられています。茶道室という空間や午後の暖かい日差しの中で花を生けるシチュエーションは共通しているのですが、主人公のちょっとした振る舞いと共に明確な違いをもって描かれている物が、黒く「口の広い円型でそこが浅い」花瓶です。前半では「まるで全てを飲みこんでいるように」「何も映っていない」、後半では「やわらかい光を反射し、滑らかな感触」で「私の顔が歪んで映っ」ています。明確には書かれていませんが、前半ラスト部分で花瓶は穴に変容しています。対して後半では花瓶は畳に落下し、割れてしまいます。

 

「穴」は『不思議の国のアリス』でアリスが夢の世界へ飛び込む入り口であり、『千と千尋の神隠し』で千尋がくぐる異世界へ続くトンネルでもあるように、「こちら側とあちら側」をつなぐ回路としてよく用いられます。

このことから、この作品では二つの解釈ができます。ひとつは、前半は夢、後半は現実であり、課題である「ここには来たことがある。」ということを予知夢やデジャブのようなものとして表現しているのではないかいうこと。

もうひとつは、前半が現実で、穴に落ちてから後半はいわゆる可能世界、パラレルワールドに移ったのではないかということ。前半の文の末尾が現在形になっていることで主人公の体感に現実味が生じています。

 

Alice in Wonderland (2010) Tim Burton

 

「夢と現実」というテーマは映像の歴史の中でも度々現れてくるものです。たとえば『フェリーニの8 1/2』『パプリカ』『マルホランド・ドライブ』『インセプション』などなど。

絵では畳の中央に黒い円が描かれています。右半分は穴、左半分には割れた花瓶が質感の異なる黒で描かれています。これは前後半の内容に対応したレイアウトであり、俯瞰のアングルによって花瓶というひとつの物に二つのイメージを付加する効果を生んでいます。

また「何も映り込んでいない」黒は現代美術家アニッシュ・カプーアの作品を彷彿とさせます。

 

installation view of the exhibition ‘descension’ at galleria continua, san gimignano

 

この作品は同じシチュエーションでふたつの時間を描くという珍しいタイプの感覚テストです。安易にやると夢オチのようなものになってしまいがちなのですが、今作は現実と夢(もしくは他のなにか)を明確に示さず、それでいて具体的に出来事や空間の描写をし、また課題の内容も相まって、魅力的なものに仕上がっています。

 

さて、すいどーばた映像コースではどばたムービーフェスティバルを開催します。明日10日16時締め切りです。豪華審査員による講評、受賞を目指してぜひエントリーしてください!

http://dobazou.com/dmf/

 

映像科ブログ DOBAZOU  http://dobazou.tumblr.com/

2017年9月9日(土)〔映像