出久根育氏

出久根育氏

油画科 1988年

1969年 東京都生まれ
1992年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科版画専攻卒業
1998年 ボローニャ国際絵本原画展入選
2003年 BIB(ブラティスラヴァ国際絵本原画展)グランプリ受賞

音楽や絵は生活に深く根付いているプラハの人たち

「ペンキや」 理論社 梨木香歩 作・出久根育 絵
「ペンキや」 理論社
梨木香歩 作・出久根育 絵
「あめふらし」 パロル舎 天沼春樹 訳・出久根育 絵
「あめふらし」 パロル舎
天沼春樹 訳・出久根育 絵

 「私はバレエが得意なの、見て。」アナはクラスの女の子たちを押し退けて私の前にやってくると、口元をきゅっとひきしめつま先立ちでくるくるっと回り、ポーズを決めてみせた。すっかりプリマドンナになって陶酔している。
そんなアナに負けじとイトカ。
「お話をつくったのよ。」
大きな目をくりくりさせて、おかしな泣き虫うさぎと魔法使いのお話を聞かせてくれた。
「私は歌が大好き。」
周囲のざわめきをよそに歌い出したレナータの歌声の天使のように可愛らしいこと!

 私は現在、チェコ共和国の首都プラハに住んでいる。プラハ市内のある小学校を訪ねた時のことだ。日本のことを何でもいいから子どもたちに話してほしいと友人に頼まれて出かけたのだった。

 教室はコの字に机が配置され、中央はフリースペースになっている。子どもたちが自主的に授業に参加できるようにと配慮されていることがよくわかる。子どもたちは異文化の国からやってきた外国人に、自分たちの知っていることを教えたくてたまらないのだ。我も我もと中央に出てきては得意な歌や踊りを披露してくれたのだが、その堂々たる様子や表現の豊かさには驚かされた。

 チェコの人たちにとって、音楽や絵は生活に深く根付いている。特にプラハの人はヨーロッパの中でも特徴的なくらい芸達者が多い。長い困難な時代の名残りだろう。幸せを求めて、歌や絵に思いを託す知恵を身に付けて来たのだ。完成度やレベルの差こそあるが、彼らにとって芸術を楽しむことが血となり肉となっているのは真実のようだ。

クリエイティブの世界がまさかこんなに大変だとは

 そういえば、友人の弁護士が日曜画家で、コンスタントに個展も開いているのだが、その絵の素晴らしさに驚いた。

 そんな経験は一度や二度では無い。私はついぞ自分がプロの絵描きとは言いだせずに、「うわー、素敵…。」と彼らの作品にため息をついてしまうのだ。

 子どもの頃から絵本作家になりたかったが、クリエイティブの世界がまさかこんなに大変だとはもちろん想像もしていなかった。どうにか絵を描くことが仕事になってから、趣味として親しんできた絵の世界が途端にやっかいな現実としてのしかかってきた。そしてそこから離れることができなくなった。描く喜びの後には必ず、こんなはずでは無かったと、自分の絵にがっかりさせられる。けれどもしばらくすると、また新しいイメージが頭の中に広がってわくわくする。“素敵、これ描こう。”ところがいざ描き始めるとそのイメージは遥か彼方、どんどん遠のいてしまうのだ。自分の脳に自分の腕がついていかない…。
 お話の世界をより深く絵で表現したくなった時、デッサン力がどれ程大切か思い知らされた。「どばた」時代、そして一浪して奇跡的に入った武蔵美でも、私は一貫して落ちこぼれだった。こうして絵を仕事としている今でも、下手くそだなあ、と我ながらつくづく思っている。 仕事に向かっていると、ふと、「どばた」時代、私のにぶい筆の運びを見かねた先生が、代わって見せてくれた軽やかな筆使いを思い出す。目の前にセットされたモデルやモチーフを見ながら、毎日朝から晩まで絵だけ描いていられた「どばた」時代は貴重だった。物を観察し、考えて、表現することの繰り返し。この作業の中で、本当にあらゆる事を考えさせられる。この時培われた感性は人生の全てのことに繋がっていくように思う。それは、時に心を豊かにし、助けてくれることもあるだろう。

 アナやイトカやレナータはどんな大人になるんだろう。経済学者になるかもしれない。平凡な家庭の主婦になるかもしれない。たとえ彼女たちがどんな道に進んでも、芸術を愛する気持ちを持ち続けていたら、きっと自分なりの幸せを見つけられるに違いないだろう。

「ワニ」 理論社 梨木香歩 作・出久根育 絵
「ワニ」 理論社
梨木香歩 作・出久根育 絵

【展覧会】

1998年 ボローニャ国際絵本原画展
2002年 アジア絵本原画ビエンナーレ 森ヒロコ・スタシス美術館
2004年 えほんの絵の世界 黒部市美術館
2002年 ARTPRAGUE GALERIE MANES
2003年 ブラティスラヴァ国際絵本原画展
2004年 ボローニャ国際絵本原画展特別展示 

【個展】

1996年 グリム童話展 八ヶ岳高原イラスト館
1996年 宮沢賢治の世界展 八ヶ岳高原イラスト館
1997年より、ギャラリー巷房(銀座)で定期的に個展
2001年 個展 GALERIE La Veinticuatro (プラハ)
2002年からチェコ各地にて数回個展を開く

【絵本】 

1994年 「おふろ」 学研 出久根育 作、絵
2001年 「はるさんがきた」 鈴木出版 越智典子 作 出久根育 絵
2001年 「アントンベリーのながいたび」 鈴木出版 天沼春樹 作 出久根育 絵
2001年 「あめふらし」 パロル舎 天沼春樹 訳 出久根育 絵
2002年 「ペンキや」 理論社 梨木香歩 作 出久根育 絵
2004年 「ワニ」 理論社 梨木香歩 作 出久根育 絵

【挿し絵、カバー等】 

1998年 「グリムコレクション3おかしな兄弟だち」 パロル舎 天沼春樹 訳
1999年 「穴」 講談社  ルイス・サッカー 作 幸田敦子 訳
2000年 「逃れの森の魔女」 青山出版 ドナ・ジョ−・ナポリ 作 金原瑞人 訳
2003年 「ルチアさん」フレーベル館 高楼方子 作 
2004年 「郵便配達マルコの長い旅」 毎日新聞社 天沼春樹 作
その他