油画科 2016

和久 千文 さん

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香川
県立丸亀高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 絵画科 油画専攻

高校時代、田舎の普通科で美術部にも入っていなかった私は、絵にさく時間もろくに取れず鬱々とした日々をすごしていた。
長期休暇中の講習会のみどばたに来て、父親が専攻していたというだけで身近に感じていた日本画で受験した。
浪人が決まり、油画の方が興味があるのではないかと、悩んだ末油画科に変更。
それまで木炭も油絵の具も扱ったことがなかったので非常に不安な中、油画科での浪人生活がはじまった。

私は人と会話するのが不得手だ。ましてや絵画などについて言葉でやりとりすることに重点を置くのは困難だと思った。
だから先生と一対一で指導を受ける際は、先生が第一に発したコメントが自分の絵に対する率直なイメージなのだろうと思い、言葉で意味を深追いすることはせず、心にとどめるようにしていた。

あとは毎日同じ時間の電車に乗って学校に来て課題に取り組み、決まった時間に帰り、家では好きなことをしているという幸せな二年間を送っていた。
受験直前は自分の中の描きたいという新鮮な情熱を大切にしようと心がけた。結果、本番では二年間培ってきたものが出せたのだと思う。

どばたの環境に身をおけたことは、私にとってとても大切な思い出になりました。ありがとうございました。

李 睿智 さん

東京
私立女子美術大学付属高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 絵画科 油画専攻

現役の時の私は、「真面目」「全力投球」「一生懸命」という運動部さながらの3ワードをモットーに掲げ受験に挑む、頭が固くて偏りのある生徒でした。
出身中高で過ごした中で培った絵画に関する基準が私なりに出来上がっていたので、その基準から外れた作品を絵画として認めることに、当時とてつもない抵抗を覚えました。
努力は必ず報われると信じて突っ走った高三の一年。結果は芸大1次落ち。
私なりに絵と真剣に向き合い、自分が信じることに真っ直ぐだったので、結果を見たときは心臓を握り潰されたような気持ちでした。
何がダメだったのか本当に分からず答えの出ない自問自答を繰り返しました。

浪人を決意したとき、これから一年間を通した決め事をしました。
現役のときは受験の妨げになることは全て排除していたので、逆に排除をしてきたもの全てをやってやろうと決めました。
父から勧められた韓国のソウル大学を受験したり、紅茶専門店、家具のデザイン会社や旅行会社でバイトしてみたり、苦手意識が強かった夢の国に7年ぶりに行ったり、ビジネス英語と韓国語を勉強し直したり、韓国にいる親戚に数年ぶりに会いに行ったり、乗り気でないこともやりたくないことも全てやりました。

色々やってみて気づいたことは、現役のときの私は確かに努力していましたが、努力の仕方を少し間違えてしまっていたのかもしれません。
目の前のことに囚われすぎて周りが見えていない、余裕がない、結果自分で自分の絵の判断が出来ないという状態になっていました。
一浪の年は、画面上での余裕、気持ち的余裕を大事にするべく夏になれば講習会を休んで山や海に行き思いっきり遊びました。
今思い返せば自分は本当に美大浪人しているのかと疑いたくなるような生活をしていたと思います。

美大受験を決心した時点で、皆何らかの努力をしていると思います。親を説得したり、自分との戦いだったり。
ただその努力はものさしで容易く測ることは出来ないし、どんな努力が正しいのか誰にも分かりません。
遊びまくって、勉強して、たくさん絵を描いて、いっぱい泣いたり笑ったり、何度も自己嫌悪に陥った一浪の年、現役の年に比べ遥かに充実していて質の高い日々を過ごせたと思います。
自由奔放にやりたい事をやりたい時にやらせてくれたすいどーばたの先生方、そして両親には感謝しきれません。本当にありがとうございました。

渡邊 愛子 さん

静岡
私立 浜松学芸高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 絵画科 油画専攻

 私が初めてすいどーばたを訪れたのは、高校を卒業したばかりの、あたたかい春の日のこと。
初めての上京、初めての予備校生活、落ちまくった私を笑ってるようにしか思えない眩しい太陽…なんだよ!眩しすぎる!負けないからな!と少々空回り気味な気持ちで入学しました。
 「受かる絵」をこの一年間で描けるようになってやる!という、今思うと大変危険な気合の入れ方をしていた私。
案の定よくわからない固定観念と高すぎる理想にとらわれ、まともに目の前の絵に取り組めず作品は未完成の連続、だんだん絵を描くことが辛くなっていきました。

そんな私に先生が仰ったのは、「力を抜いて」「楽しく!」という言葉。
最初はよくわかりませんでしたが、ある瞬間、基準すらあやふやな「受かる絵」ばかりに固執していた私にとって、至極当然なはずのそれは大変なビッグニュースになりました。
受験だろうが結局は「絵」。
家で受験を忘れて自由に制作した絵も、空き時間に描く落書きも、全部同じ「絵」なんだと、ようやく気づきました。
そこからは、少しずつですが、前より抵抗なく画面に自分の「好き」や「こだわり」を楽しんで盛り込めるようになりました。
そうすると自然と技術はついてくるもので、ちょっとずつ絵が進歩していくのが自分でもわかり、とても嬉しかったのを覚えています。

受験本番では、今までやってきたんだから!と開き直ってのびのびと描くことができました。むしろ、ラフ過ぎたような気がして不安で不安で仕方がなかったのですが、結果は合格。
先生の言葉を信じて描いたその絵が評価されて、本当に嬉しかったです。関わった方々への最高の恩返しができました。

すいどーばたでの生活は、苦しいことや悔しいことも沢山あったけれど、私に欠けている部分を埋める1ピースのような、必要不可欠な時間でした。
ここまで頑張れたのは、波の激しい私に最後まで付き合ってご指導してくださった先生、応援してくれた友人、そして文句一つ言わず全力で支えてくれた家族のおかげです。人に助けられて生きていることを痛いほど感じた一年でした。
合格は、浪人生活のゴールではありますが、もう一歩先の世界へのスタート地点でもあります。
予備校で身につけた技術を軸に、これからも絵を楽しむ心だけは絶対に忘れず、頑張っていきたいと思います。
短い間でしたが、本当に、お世話になりました。ありがとうございました!