日本画科 2011

澤崎 華子 さん

澤崎 華子 さん

東京
聖心女子学院高等科 卒

合格大学:
東京芸術大学 絵画科日本画専攻

「ありがとうございました」
 作品には、自分がそのまま反映されました。良いところも、悪いところも。枚数を重ねるたびに課題の奥深さに気付き、自分の未熟さを感じる。試行錯誤の繰り返しで満足することはなかったけれど、自分の絵はどれも大切なものでした。自分に厳しくしながらも作品への愛情を持ち続けたことが、合格に繋がったのだと感じています。
試験の課題は言ってしまえば、当たり前のことを当たり前にできることが前提で、個性はその土台に根差しているものです。それが全く逆転した状態だった私は、浪人生活を始めた当初柄にもなく「どこかで見た絵」を目指そうとしていました。しかしその危うい考えはほんの数日で消え去ってしまった。先生の「これでいいよ」という言葉。今思えば画一化された受験の絵に安易に染まろうとすることを、その一言が止めてくれたのだと思います。
「技術やモノの見方は自然と伴ってくる。自分の根本の部分を大切にしよう。」そう思えば気が楽になりました。
自分で考える時間を努めてとった上で人の意見を聞けば、より一層の糧となりました。
1人の鑑賞者、作家としての先生方の言葉は、率直であるほど身に沁み、また思いがけぬ発見に繋がりました。人に見られているという意識、これからの制作に通じる心構えを教えていただいたと思います。そして日本画科の人たちをはじめ、他科の友人や進学した友人たちとの交流は、「また頑張ろう」と思える大切な心の拠り所でした。
浪人生活を振り返ってみると漠然とした不安はあったものの、無心に制作できる喜びや感謝のほうがはるかに大きく、絵に関しては勿論のこと、その他の分野や価値観についても引き出しを増やすことができて、本当に幸せな時間でした。
どばたでの収穫をもって次に進めることが、今は兎に角楽しみです。どばたという環境、そしてその先の世界を与えて下さった方々、本当に有難うございました。

塚崎 安奈 さん

塚崎 安奈 さん

東京
私立 東洋英和女学院高等部 卒

合格大学:
東京芸術大学 絵画科日本画専攻

「グリーンハイツ204」
 小さい頃から絵を描くことが大好きで、紙に向かえば絵を描いていました。絵は趣味のひとつだと思っていたのですが、友達に、「上手だし、勿体ないから絵の道に進みなよ」と勧められ、進路を決めてからはなんとなく芸大を目指すようになりました。
どばたの日本画科には現役の春から通い始めました。現役時代があっけなく終わった時、「なぜ周りは芸大にこだわるのだろう?」と思い始めました。
ある時、どばたの仲間のひとりが、「予備校なのに、仲間なんて作って仲良くやって、正直馬鹿馬鹿しいと思っていた。けれど気付いたらすごく大切な仲間になっていた」と言いました。
「予備校にいる周りの人間=ライバル」という考えの人も確かにいるようです。けれど、私にはそういう感覚はありませんでした。絵は個人個人の問題だと思います。他人と比べるというより、他人の良いところを吸収して、自分のペースでやるしか無いのです。
芸術や、芸大へのこだわりに対する疑問は、どばたの仲間の家(グリーンハイツ204)にみんなで集まり、時には先生も加わって、真剣に語り合う中で、自分なりに答えを見つけることができました。
1次試験では9人グループの仲間内で、私だけが通過しました。現役時代には苦手だった石膏デッサンが得意になっていたので、1次通過の自信はありましたが、2次の着彩は自信がありませんでした。しかし仲間の落胆ぶりや、それぞれが努力していた姿を思い出し、「自信が無いなんて言ってる場合じゃない、仲間には着彩の方が得意な子だっているんだから、2次を受験できるだけいいんだ」と、2次試験には仲間の仇討の気持ちで挑みました。
この1年間という短い期間で、私は変わりました。こんなにも沢山のものを得て、視野の広がった1年間は今までにありません。仲間と先輩と、そして個性豊かな先生方、ありがとう。

河口 沙月 さん

河口 沙月 さん

東京
私立 桜蔭高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 絵画科日本画専攻

「自分の目を信じること」
 どばたで二年間の浪人生活を送った。人と話すこと、人と遊ぶこと、人の意見を聞くこと、でもやっぱり最終的には自分を信じること。どばたではたくさんのことを学び、それらは私を大きく成長させてくれた。
現役の時は、あまりの自信の無さに試験で最後まで描ききることも出来ず1次落ちし、悔しさを感じることすら出来なかった。1浪の時は自信過剰だった。2次まで進み、受かったと思っただけに猛烈に悔しかった。
そんな悔しさの中から始まった2浪目だったが、新鮮味の薄れてくる2学期に入ると何を描いてもうまくいかなくなった。何とかしようともがいても状況は悪くなるばかり。
周囲が上手く見えて、“合格”という目標がどんどん遠のいていくように思えて、途方に暮れていた。
そんな自分を変えるきっかけとなったのはセンター後の最終コンクールだった。それまで自信のあったデッサンで失敗し、やっと現実を見た気がした。途方に暮れてなどいないで、自分自身にしっかり向き合ってみたら沢山のことが見えてきた。
思えば、今までは自分の足らない部分ばかりを見つめ、他人の良さを自分の中に無理に見つけようとしていた。でも他人の良さはその人だけのもので、真似をしようとしても失敗するだけだった。だとするなら、自分の良さも自分だけのものなんじゃないか。上手さというのは手先の技術ではなく物の見方なんじゃないか、ぶれない自分自身の物の見方を持つことなんじゃないか。これらに気付いてからは1枚1枚自分の良さを発見し、高めていこうと思い、それを実行する中で自分の目指すべき方向性が見えてきた。
試験の出来には1次も2次も正直自信は無かった。それでも合格できたのは最後まで自分の目を信じ続けて描けたからだと思う。
浪人を続けられたのはたくさんの人のおかげだ。これからもうまくいかないことだらけだと思うけれど、制作し続けることで感謝の気持ちを伝えたい。

林 宏樹 さん

林 宏樹 さん

東京
私立 巣鴨高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 絵画科日本画専攻

「観察と冷静な主体性」
 高2の夏、基礎科に入ったばかりの時、誰もが上手く見えた。でも基本的なことを蔑ろにしてしまうこと、また慣れた手つきは全てを同じ表現で、観察という根源的なことからさえ脱した低次元な描写でしかないということに気づいたら、そんな人達がいくら上位にのさばっても僕にとって敵ではないと思えた。
昼間部生になって最初のコンクールは良かったものの、結果を残せないことも多く、内心芸大受験をやめることも視野に入れていた反面、上位者の作品でも常に冷静な目で否定し続けていたことも事実だった。それは主体性で劣る気がしなかったところに自信がおのずと生まれていたのだと思う。どばたは上手い多浪生が多い。でも浪人生である以上受かってないこともまた事実で、そう言う意味では「上手く見えても何かが足りない絵」というある意味参考資料として、芸大が何を見ているのか自分で考えられる最高の環境だった。
また先生の指導がとても行き届く。しかし戦うフィールドが絵である以上、統一の答えはなく、故に受け身でいてはいけない。先生の好みにしたがうことほど無意味なこともなく、だからといって受かる方法を教えてくれる所ではない。観察を忘れ参考作品を表面的に再現することほど浅はかなことはなく、でも馬鹿正直にただ見て描こうとすれば自分の興味の偏りや感性が先行してしまい自己完結で終わってしまう節がある。故に観察を根源とし、自分の感性や美意識を活かし、いかに弱点を軽減させることができるか自分なりの答えを導く主体性にかかっていると思う。先生の指導を理解はできても、自分の中で納得できないことには従わず、違う方法を試したり納得できるような理由を探したり、常に試行錯誤していた。順位に安定を欠いた理由でもあり、その苦労が自信にも変わった。入試直前になり、僕は自分にとって諸刃の剣でもあった明るい色調も、1枚の絵として弱くさせない構図や進行過程を論理的に追求することで、その感性とのバランスをとることに最善を尽くした。
担任の先生には僕が自分の答えを導くまで見守り最後まで信頼してくださったこと、本当に感謝しています。