日本画科 2010

富永 晃代 さん

兵庫・私立小林聖心女子学院高等学校 卒  合格大学: 東京芸術大学 絵画科日本画専攻

兵庫
私立小林聖心女子学院高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 絵画科日本画専攻

「ありがとうございました」
どばたでは、多くの技術を身につけることができました。形の取り方、空間的に見せる方法、質の描き分け方など。しかし、それらを習得したからといって、私の描いた絵は少しも好きなものにはなりませんでした。美しいバラでも、可愛いウサギでも、いざ描くとなった時、周りの人の描く絵ばかり気にして、自分を完全に見失っていたのです。そして、そんな自分が投影されている絵を評価されることが怖くなり、さらに描きたいように描けなくなっていきました。
なぜ自分の絵が気に入らないのか、気付かせてくれたのも、どばたでした。恥ずかしい出来の絵にも真剣に向き合って下さった先生方には、絵の指導を受けただけでなく、創り手として表現する態度を示して頂き、不安で焦る私を引っ張って下さいました。また、思いもよらない発想で刺激を与えてくれた友人達は、まだ芸大など知らず、人生の重きを絵にしようと決めた頃を思い出させてくれました。どばたは、ただ闇雲に画面に受かっていた私を、純粋に楽しんで絵を描く姿勢へと導いてくれました。
今年度の芸大入試では、例年と異なり、静物デッサンと人物着彩が出題されましたが、それらの対策を全くしていなかった私が合格することができたのは、どばたのおかげです。受かるための絵ではなく、モチーフから受けた印象を素直に、描きたいように描ける技術と、ただ絵を描きたいという根本的な思いを魅せる絵を、描くことができたのではないかと思います。
どばたに通わせてくれた家族、親のように見守って下さった先生方、同じ目標を持ち共に歩んだ友人、たくさんの支えがあって、私は絵が描けています。感謝してもしきれません。これから先、どばたで学んだことを糧として、制作に邁進します。

中村 桃子 さん

中村 桃子 さん

東京
都立大泉桜高校 現役

合格大学:
東京芸術大学 絵画科日本画専攻

「自然に、自然に」
 私は、高校3年の4月にすいどーばた夜間部に通い始めました。描くことは以前から好きだったのですが、真剣に進学を考えたのは、その頃です。改めて経験の不足を感じることは多くありました。特に、一度画面を汚したら取り返しがつかないと思ってやけに慎重になり、いちいち考えてしまうので、描くのが遅く、どうにか決められた時間の中で仕上げるために、結局最後焦って手を動かすような描き方になりがちでした。周りの絵を見る度に、実力の差をどんどん大きく感じて、もう、自分の性格が悪くなりそうで嫌でした。浪人は当たり前みたいな科だよ、といろいろなところで聞き、不安が膨らみました。そして実際、自分が合格レベルに達するまでが見えませんでした。それが一番怖かった。
そんなもやもやがなくなったきっかけは、今でもよくわかりません。急に、なんだか大丈夫な気がしたのです。季節が変わったからかもしれないし、よく寝たからかもしれません。疑ってかかるよりも、もっと単純にやればいいのだと思いました。先生方の言葉も、自分でいいように解釈して受けとめれば、もっと素直になれました。すごいと思う人のことは自然に尊敬し、自分の実力とも向き合って冷静になりました。あとはもう、学校に行って、予備校に来て、帰りに友達とラーメンとか食べて、気楽にモチベーションを保って。私大に落ちた時は、高校の恩師からのメールで泣きました。試験の前、おまえは色を持ってなさすぎる!と先生が絵具を貸してくれました。芸大の二次試験で、その色がとても役に立ちました。
合格することができたのは、色んな人のおかげです。一年楽しかった。本当にありがとうございました。

山田 雄貴 さん

山田 雄貴 さん

東京
都立北園高等学校 卒

合格大学:
東京芸術大学 絵画科日本画専攻
東北芸術工科大学 美術科 日本画コース

「気付くこと」
 2浪で合格するまでに、現役、1浪ともに芸大の1次試験で落ちている。その時は、どうしてこんなに努力して、試験でも自信のある絵を描けたと思ったのに落ちるんだ、と納得がいかなかった。そして、この世界で続けていく自信がなくなりわからなくなった時に、ふと気付く。落ちたのは、合否を決める人が自分の絵を良くないと判断したからであって、その絵には描いた人のそれまでの努力や過程が見える訳ではなく、結果しかないんだと。
そのことに気付いた自分は、絵は、描く人が価値を決めるものではなく、他人が決めるものだと自分なりに解釈した。考え方が変わり、心機一転、2浪目に突入したが、今までは自分が良いと思う風に描いてきたから他人が良いと思う絵とは何かと、そもそも見える人によって価値観が違うのに何を目指して描いたらいいのか、またわからなくなった。それでも毎日の課題をなんとなくこなしていた。
先生は講評で「もっとリアルに」「モチーフの表面だけではなく、内面まで表現しろ」といつも言っていた。最初はあまりよくわからなかったが、毎日聞いているうちにまた、ふと気付く。 モチーフがあって、それを描くということは、そのモチーフを描いたのだと見る人に伝えなくてはいけない。つまり、どれだけモチーフをいろんな意味で理解し、絵で表現できるか、だと思った。そう思ってからは、自分と見る人との共通認識みたいなものができたと思い、その考えを徹底して毎回の課題をやることができた。
受験生活の中でたくさんの気付くことがあった。自分が浪人を続けられたのは、両親や友達、先生方のお陰なんだということも気付けた。気付いたことが全て正しいとは思わないが、自分は気付くたびに1歩1歩進んでいると思う。そして、たくさん気付くことができたのは、すいどーばたに通っていたからだと言い切れる。

島田 沙菜美さん

島田 沙菜美さん

三重
県立飯野高校 卒

合格大学:
東京芸術大学 絵画科日本画専攻

「浪人生活を終えて」
 地方生活である私が初めてすいどーばたに来たのは高校1年生の時の公開コンクールでした。
当時から東京芸大に憧れてはいたものの、金銭的な問題のため東京の予備校の講習は諦めていました。それでも、多浪生の人達との共同の空間、熱心に指導をしてくれる先生方のいる状況が忘れられなくて、両親に頼み込み、ようやく3年生の夏、入直と講習会生としてどばたに通うことができました。その年は1次は通過したものの2次落ち。諦めきれなかった私は、「1浪だけ」の条件のもと、どばたで浪人することを決めました。
浪人生活は私にとって新しいものばかりでした。1人暮らしの経験もなく、先のことを考えすぎる私は不安な日を過ごすこともたくさんありました。でも辛いと思ったことは一度もありません。ライバルでもある友人の存在は常に私に刺激を与えてくれるものであり、より一層力をくれるものでした。そして何より、いつも見守ってくれ、支えてくれた先生のおかげで、私は弱音ひとつも吐くことなく充実した日々を送ることができたのです。
いたってシンプルな内容の日本画試験。皆が同じモチーフを描くけれど、やっぱり作品には作者自身が見えるもので、自分の表現の幅の狭さに色々苦しみました。構図、形、質感、それらを1年間で合格レベルまで持って行くのはとても難しいことだけど、自分の夢のためにも1つ1つ丁寧に前向きに取り組むのが私の信条でした。
長くて早かった1年間を終え、迎えた芸大試験は例年と違う課題のものでしたが、今まで勉強し取り組んできた毎日のおかげで、自分でも驚くほど冷静に試験に臨むことができ、結果、合格を勝ち取ることができました。
浪人期間は私を大きく成長させました。それを揺るぐことなく支えてくれた友人達、先生方、そして両親の存在があったことを忘れず、今後をしっかりと過ごして行きたいです。