彫刻科 2016

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東京藝術大学 彫刻科 今年も全国 No.1! 定員20名中10名合格 

現役合格者も過去最高の3名 全国No1!

アイザック・レオン さん

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東京
都立総合芸術高等学校 卒 

合格大学:
東京芸術大学 彫刻科

 

「好きだ!!」
一浪のとき二次試験で模刻が出題され落ちました。
形の狂いに気づいていたのにも関わらず、直さないでただそのまま作り込んでしまいました。
終わってから、あれしてればこれしてればと悔しい思いをしながらももう1年浪人することにしました。
そこで1年前のこの日、国立西洋美術館にあるロダンの考える人を前に 「藝大生になる!彫刻家になる!」と新たに決心しました。

しかし、その熱意が入試に近づくにつれ受かることだけに意識を向けてしまい 自分との戦いではなく、他人との比較や、これがやりたい作りたい!ではなく、これをやらないといけないという惰性が続き、 意識が偏っていきました。
そもそもなぜ自分が2浪までしてここにいるのか悩みに押しつぶされていました。

そんなときある講師に、「好きなんだろ、普通にやりな、自然に、強引になる必要はないよ」と言われて、なぜ僕がここにいるのか、確かに藝大に合格するためだが、藝大に行きたいのは自分が彫刻をやりたいから、彫刻が好きだからだ!と改めて気付きました。
試験前になると肩の力が抜けてきて気楽に無理しない日々を過ごし、受かる受からないではなくただ粘土に触れたい、形を作りたい、彫刻を作りたい その気持ちで試験に向かい、本番では受かる実技ではなくその時作りたかった彫刻作品を作ることが出来ました。
それが合格に結び付いたのだと思います。

1年ただやりたい事をやればいいとは思いませんが、悩んで手が動かせない日々が続く人は楽しんでほしいです。
何かを作るのが好き!と少しでも思っていれば、それは作品制作をする上でもっとも裏切らない気持ちだと思います。
自分は好きだったから体力的に精神的に辛い日でもどばたに行けた。
好きだったからやめられなかった。
好きだからこれからも頑張って行きたい。と思います。
1年間支えてくださった先生方、友人家族本当にありがとうございました!!

山元 佑介 さん

東京
私立明星学園高等学校 現役

合格大学:
東京芸術大学 彫刻科

 

「6年間」

赤茶色の門をくぐると、父は「俺を2回も落とした大学だ」と私に呟いた。それは小学校を卒業した春休みのこと。
父に案内されてやって来た東京藝術大学で聞いた「ゲイダイ」という響きは楽園として私の耳を潤し、
中学校入学前に早くも遠くまで伸びる1本の確かな道を見出すこととなったのだ。

中学校入学と同時に都内の大手美術予備校に入学し、高校1・2年生と同じ土俵で鉛筆の削り方から学ぶことになり、
中2の時には初めて体験した塑造の楽しさに感動し、専攻を彫刻にすることを決意した。
中3になって初めて夏季講習会で浪人生たちと絡み、その熱気に自分の腰が引けていたのを今でも覚えている。
高校生になっても中学生の時と同じ2週間に1作品のペースで木炭デッサンと塑像を繰り返し制作する日々を繰り返しながら、
私はゆっくり着実に実技のレベルが上がっていくことを実感していた。
しかし、高2の終わりに突然私は今まで通っていた予備校をやめることにした。
5年間、同じ場所で与えられた課題をひたすらに制作することにすっかりと慣れてしまったマンネリ感たっぷりの私の体が、
果たして1年後に藝大に通用するのか不安だったからである。
そこで目に入ってきたのはすいどーばた美術学院だった。
それまで他人事のように眺めていたドバチョウブログも見れば見るほど身近な危機感を感じ、いま通っている予備校にはない魅力を放つ作品が作者の意思と共に伝わってきた。
そんな私は考え抜いた末にすいどーばたの彫刻科にて最後の1年を過ごすことにした。

しかし、どばたに入学した時点ですでに私には5年間のキャリアがあったにも関わらず、制作における自分の癖や高飛車な姿勢は合格レベルから限りなくかけ離され、2学期に入るまでは頭部がでかくなる癖が直らなかったり、生炭が残ってギラギラなデッサンを描いたり、粘土をまとめすぎて表情が死んだり、ガーゼに頼ってモサモサのデッサンだって描いたりした。
もちろん2学期に入っても公開コンクールでは現役生のライバルだった友人に1位を取られ、自分は惨敗し講師には笑われた。
以前通っていた予備校に戻って公開コンクールに参加しても、今まで抑えていた癖が全面的に出てしまい、B’をとって「どばたで何やってたの?」と言われて泣いたりもした。
このまま来年も予備校に通う自分が想像できてしまったことにとてつもない恐怖と不安を感じ、いわゆるスランプの時期が12月まで続いた。
個性と癖の違いが分からなかったり、モチーフを見ることとは何なのか分からなくなったり、紙と手の構成素描で折り紙の鶴を折ったら講師に怒られたりした。
年が明けてからは受験に向けての程よい緊張感によるモチーフに対する熱い視線と自分の実技レベルを冷静に客観視する姿勢を両立させることで、自分の作品の魅力と基本的な抑えどころが噛み合っていくように心掛けた結果、入試直前のコンクールにて浪人生をおさえて上位に入ることが出来たりした。

そんなこともあって2月頃には絶対に現役で藝大に合格するぞと感じる気合いと自分の作品が比例していき、今まで恐怖の対象だったグングン伸びていく現役生も恐れない気持ちになれ、むしろ一緒に合格していく仲間なんだと感じられた。
おかげで試験当日のジョルジョも真面目で冷静にデッサン出来たし、大石膏室の騎馬像も感動で泣きそうになりながらカッコイイ素描が描けたし、6年間で1度しか作ったことのなかったハトも心臓バクバクながらも丁寧に当たり前のことをおさえて作れた。
結論を言うと、1年前にすいどーばたの彫刻科に来たことは最終的に藝大合格へと繋がり、正解となった。
テクニックに頼った受け身な作品を制作するようになっていた私にとって、柔軟な考えを持ったすいどーばたの周りの生徒の作品や、大勢の講師の適度で質の高い指導、大量の参考作品などは、私自身の表現の幅を飛躍的に広げてくれ、大学に入ってから自分1人で考えて行動していくための責任感と機動力を身につけることが出来た。

いい意味で1年間という短い間だけお世話になったすいどーばたと、5年間じっくりと長い間お世話になった以前通っていた予備校無くして6年前に見出した道は存在し続けることはなかった。
ひとことで合格と言っても、人それぞれ受験勉強を始めた時期もきっかけも、受験勉強が終わる時期もきっかけも多種多様だと思う。
勉強の仕方も合格の仕方も、志望大学へ臨む人の数だけドラマがあっていいと思うし、これから受験勉強が始まる人は、是非自分だけの合格の勝ち取り方を作り出してほしいと思う。

川合 香鈴 さん

東京
私立専修大学附属高等学校 卒 

合格大学:
東京芸術大学 彫刻科

 

「向き合う」

周りに甘えて自分を甘やかした1浪、周りを拒絶してストイックに自分を責めた2浪、
今考えると、「何やってんだ!」とあの頃の自分に蹴りをいれたくなる。
けれど、反面、「よく頑張った!」とチョコを買ってあげたくもなる。
3浪目の今年、こんなにも素敵な1年になったのは、間違いなくあの頃の私がいたからだろう。

1浪目の私はとにかく甘かった。周りの人の助け船にふんぞり返って乗った。
このまま合格まで導いてもらえると思った。自分と向き合うことなんて、しなかった。

それではダメだと気付いた2浪は、頑固一徹、周りの力なんて借りないと決めた。
毎日怖い顔をしていた。他人の言葉に、ほとんど耳を貸さなかった。全部自分でなんとかした、つもりになっていた。
結局、そんなことはなくて、毎日だれかが助けてくれていたけれど。

3浪もしてしまった。でもたかが3浪。
1浪目で周りの力を借りることを知り、2浪目で自分と向き合うことを知り、最後に知ったのは他人と向き合うこと。
一緒に頑張る仲間、導いてくれる講師、応援してくれる家族。
自分と向き合うことが辛くなっても、その時はかわりにだれかが向き合ってくれる。
だから自分も、凝り固まらずに他人と向き合おう。ただ、それだけのことだった。
技術がどうとか、才能がどうとか、そんなことではない。私に向き合ってくれる沢山の人の中に私自身もいて、だから私もその人たちと向き合う。
受験に向かう心が、これでどんなに軽くなったことか。3浪もしてようやく気づけた。
間違いなく意味のある3年だった。周りの人たちには長い3年だったと思う。
だから、私に向き合ってくれた全ての人に感謝を捧げて、これを、私の合格体験記の「シメ」とさせて頂きます。

小野 海 さん

兵庫
県立明石高等学校 卒 

合格大学:
東京芸術大学 彫刻科

 

「受験という美術」

受験はギャンブルではない。本番でしっかりと実力を発揮し合格をつかむ。そのために自分の中にしっかりとしたプロセスを確立する。過程を結果に結び付ける力を。
これが自分の受験でした。
では「実力」とは何でしょうか?自分の120%の実技のことでしょうか。自分はそうは思いません。
大失敗した、あぁもう全然楽しくない、普通になってしまった…って時でもB°を置ける力こそが「実力」だと思います。
これは技術どうのこうのではなく、精神的なことだと思います。

『有為転変を乗り越えよ、不壊不動の境地に至れ。』
これは、毎日毎日色々あるけど、何があってもブレない強い心を持ちましょう。という意味です。
自分は今年、常にこの言葉を握りしめてました。自分が弱いからです。すぐに人に頼ってしまうからです。けっきょく一人です。自分ができることしかできません。こんなの当たり前のことですが、自分を自分だけにするというのは意外と難しいことでした。
天気が、気温が、木炭が、紙が、家族が、講師が、友達が、恋人が…etc.
自分以外に原因を作るのは簡単なことです。しかしそれは自分でコントロールできません。自分の周りで何があろうと、何を言われようと自分以外に期待しない、影響されない精神。コントロールできるのは自分自身だけだという意識が常に必要だと思います。

ここまでに書いたことは、ぼくが2浪して見つけた、ぼくの弱さを克服するために自分に言い聞かせた考えです。
正直、考えすぎだと思います。(笑)
すぐに甘えてしまうので無理して自分を追い込んだりもしました。
ぼくは本来 そんなにストイックな方じゃありません。本音では、楽しいことが一番だ!!っていうタイプです。でもそれこそがもの作りをする上で何より大切なことだと思います。楽しくなけりゃやる意味ありません。
課題である前に美術であること。受験である前に娯楽であることを忘れないでほしいです。
とはいっても 受験ですから独りよがりになってはいけません。 モチーフや見る側に歩み寄ることも必要です。
でもあんまり考え過ぎてもつまらない作品になるし… あぁ矛盾だらけで苦しい、、
自分の世界観と他人の感覚、主観と客観、情熱と冷静、美術と受験、どれも同じことだし両立させるのは本当に大変なことですが、そのバランスを探り当てることこそ自己表現において最も重要で楽しいことではないでしょうか。

受験というのは自分を見つめること、自分を受け入れることだと思います。どんなに見てくれの良い作品が作れたとしても、自分の中の本当の自分と向き合えていなければ合格はできないんだと思います。
いったいなんの順番で合格するのか?きっと上手い人順ではありません。

最後に、今日ここに書いたことは模範解答でも何でもありません。その名の通りぼくのただの体験記です。

自分にしかできないこと、自分にしか作れないものを作ってください。

堀内 万希子さん

東京
都立総合芸術高等学校 現役

合格大学:
東京芸術大学 彫刻科

 

「自分を見つめて」

はじめに、ここに今から書く体験記はあくまで私が感じたことなので「こういう考え方をしなくちゃいけない」とは思わず、こういう考え方もあるんだな、ぐらいの気持ちで読んで下さい。

受験と戦っていく上でぶつかる壁は沢山ありますが、それぞれの壁には共通点があり、
それは「周りに呑まれないこと」です。

高校3年、どばたに通いはじめた当初私は「彫刻科だからこんなデッサンを描かないといけない、こんな粘土付けをしなきゃいけない」という 染まらなければ という思いにかられ、自分の作品に自信が持てずにいました。
しかし時間が経つにつれて気がついたことは、
良いとされているものを描ける、造れるようになることが重要なのではなく、
自分が持っている周りにない良さを引き出し、誰もが納得するレベルまで磨いていくことが重要なのだということでした。

私の「良さ」は高校1、2年生のときに没頭していた個人の作品制作にありました。
コンセプトを考えることや空間を取り入れることに重点を置いた制作、一つ一つの作品に意図をこめて制作することが受験でも活かされ、今回の結果に繋がっていったのかなと思います。

皆さんもゆっくりとした冷静な気持ちになって自身の作品や、今までに体験したことを見つめ直してみて下さい。
きっと他の人にはない、自分だけの良さがあるはずです。
  今見つけられなくても、それは受験当日に発見できたりするものです。
途中で間違っても構いません、3歩進んで2歩下がる。最後には5歩ぐらい進めます。
焦らず、落ち着いた心で修練を重ねていって下さい!

轟木 麻左臣さん

東京
都立福生高等学校 卒 

合格大学:
東京芸術大学 彫刻科

 

「人は人、自分は自分」

周りが羨ましかった
私にないものを持っていた
それがほしくて真似ばかりしていたが
それはあくまでも真似事であって自分のものではなかった

ある時気づかされたのは
自分にしか感じれない作れないものがあるんだということ
自分が持っているものを
腰を据えて地道に磨いていくしかないんだということでした

過程は人それぞれだと思います
私は時間がかかってしまいましたが
早足で通りすぎていたら知らなかったであろう様々な事を学べたと思っています

こんな私を見放さず助言をしてくださった講師の方々、友人達、家族。
成長させてくれた皆さんに
ただただ感謝です

これからも地道に一歩づつ進んでいこうと思います

本当にありがとうございました

山崎 千里 さん

静岡
県立沼津西高等学校 現役

合格大学:
東京芸術大学 彫刻科

 

「自分にあった目標を」

高校生の皆さん、大きな夢、目標持っていますか?
僕はもっていました!
芸大への進学はそのための通過点として考えていました。
でも漠然と大きな目標をだけを持っていても自分のしなければならない事を見失ってしまうことがあるかもしれません。
そこで僕はまずは芸大合格という近い目標を立てそれに向かいまっしぐらに美術に打ち込みました。
そしてその中でさらに小さな、前のものよりいいものを描く、造るという目標も立てました。
前の自分に絶対に負けたくない、前の方がよかったと言われたくないという思いがよりいっそうその目標を意識させました。
そのおかげか自分でも一枚一枚描くごとに一つ一つ造るごとに自分の実力が上がっている事を実感出来ました。
結局塑造に関しては芸大に受かることは出来ましたが、まだまだの状態です。
ですが芸大に受かったところで終わりではなく、次はまた新たな目標ができ最終的には初めに持った大きな夢、目標を実現出来るようこれからも鍛錬していきます。
皆さんも大きな目標、小さな目標を使い分け無理なく自分モチベーションを保ち美術に打ち込んで下さい。

木村 知史さん

京都
市立銅駝美術工芸高等学校 卒 

合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
東京造形大学 彫刻専攻領域

 

「すべてを味方に」

知っている人や知っていない人もいるかもしれませんが、彫刻科では粘土で作品を造る時、芯棒というものをつくります。
この時しっかりしておかないと重さで像が倒れたり落っこちたりしてしまいます。
僕はある日芯棒の芯を”心”という字で書いて人から「芯と書かないの?」と言われました。
どちらもほぼ同じ意味なのですが、僕は心の方が気に入って使っていました。
なぜだろうと考えると作品を造ることと自分の心に大きなつながりを感じたからだと思います。
人の心も彫刻と同じで”心棒”がしっかりしていないと大変だということです。
僕はその心の問題で一浪の時に大きく悩み、そのまま二浪をむかえました。
技術だったりおさえるべきポイント、人から見てどう思われるか、そんなことばかり考えながら制作していました。
ですが結局は見抜かれてしまいます。
自分のやりたいこと、主張、そして心がぐらついていたのです。
視点が無い、強さが無い、それは目に見えない形で自分の作品に反映されていました。
ではいったい何がそうさせているのだろうと考える、、、
そもそもなぜ東京芸大に受かりたいのか
自分の彫刻を見る態度はどうだろう
彫刻がなぜ好きなのか
どこで彫刻を知ったのか
自分はどこで生まれどこで育ち今に至るのか
そういう生い立ちみたいなものまで視野を広げて感じてみる。
そしてそこから生まれるネガティブやポジティブな感情、、、
肝心なのはそこから自分が何をくみ取って強い心(芯)をつくりあげるか、
それは人ひとりによって違います。
でもそれを考え始めたら最後、制作に対しての劣等感や不安、ネガティブな考えは吹き飛んでいました。
自分の過去に対する感情は簡単に変えられるものでは無い、それならいっそすべて自分の味方にしてしまえばいいと思ったのです。
そう思えたのは先生や仲間が集まる空間としてのすいどーばたがあったおかげです。
純粋にやりたいことを探求できる時間、外に出て作品を鑑賞する時間、たわいも無い話をする時間、悔しい時間、感動する時間そういった時間たちがこの学校には流れている、そしてそこで磨かれた感覚は自分は大切にしなければならないと思っています。
改めてすいどーばたにありがとう!
そして地方からもし来るか来ないか迷っている人は、ぜひ見に来てください。
きっと発見があると思いますよ!

葛城 龍哉 さん

埼玉
私立浦和実業学園高等学校 卒 

合格大学:
東京芸術大学 彫刻科

 

「道のり」

自分は小さい頃にものを作るのが好きな子供でアーティストになるという漠然とした夢をもっていました。
小学校のときは特に絵画が好きで、父親にダリの画集を買ってもらったのを覚えています。
しかし、中学校に入ると美術の授業は週に1時限となり、美術に触れる機会は減ってしまいました。(このときの夢は宇宙飛行士でした。)
自分は美術系の高校に入ろうと考えていたのですが担任や親は普通の高校に行けと言い、自分は普通の高校に行きました。ですが、そこには美術の授業はありませんでした。
自分は理系の道に進み普通に勉強して普通の理系の大学に入り普通の企業に就職するつもりでいました。
しかし、大学の試験中にこのままこの大学に入って4年間過ごしてそこそこの企業で働くことを本当に自分が望んでいるのかと疑問に思い本当に自分が小さいときからやりたい事が美術であったことを思い出し数学の答案を白紙で出しました。

ここから自分の「どばた」での浪人が始まりました。

親は自分のことを理解してくれて浪人することを許してくれました。本当に感謝しています。

どばたにとりあえず体験入学に行きました。
自分はそこそこ絵を描くことに自信を持っていましたが、どばたの体験入学で衝撃を受けました。ブルータスの首像を鉛筆でデッサンしました。何時間で描いたかは覚えてないのですが最後に講評があり体験で来ていた人のデッサンが並べられたときに自分より上手な人がたくさんいてこれまで感じたことのないほどに劣等感を物凄く感じました。
どばたの帰り道に自分はあんなやつらに勝てるわけないと思いました。
その後右も左もわからない世界だったのでどばたの基礎科から入ることにしました。木炭で描くということにカルチャーショックを受けました。基礎科に入って1ヶ月もせずに自分はすぐに受験のために昼間部に行きました。

昼間部の人たちは体験入学で見た人たちや基礎科の人たちを遥かに上回る実力でもう少し基礎科で基礎を身につけるべきだったなと後悔した反面かなり刺激になりました。
0の状態からスタートした浪人生活の中で日が経つにつれてデッサンも粘土も経験を積めば変わっていくことを知り、同年代の人たちと実技で張り合えるようになることが最初のどばたでの自分の目標でした。
デッサンや粘土はうまくいかなくてもいままで疎遠だった美術の世界に触れていることが自分はとても楽しく嬉しく思いました。
始めたばかりのときは自分の日々の成長が手に取るように実感できて本当に楽しかったです。
入試直前にはそこそこ力がついてきたのですが最初の受験は失敗しました。一次落ちでした。
当たり前の結果だったのでショックは感じませんでしたが個人的には1年だけ勉強して入れたらかっけーなとか思ってました。

そして、二浪が始まります。

春季講習、円盤投げのトルソーを模刻したのですがもはや模刻になっておらず春季講習の中盤からもう苦痛でした。
しかし、大きなものを作ったおかげで粘土のみせかたが変わりました。いままで小さな凹凸ばかり気にしていて全体性を欠いていたのを解決させてくれました。失敗したとはいえ春季講習で大きなものをやっといてよかったなと思います。
春季講習が終わり普通に昼間部が始まると二浪としてのプライドみたいなものを感じました。同年代の人たちはみんな上手でいつも尊敬していました。
そんな同年代の人たちや先輩たち、後輩たちと仲良くなりいろんな人の実技をみてたくさん刺激を受けられたので本当にすいどーばたでよかったと思いました。
二浪の模擬試験でデッサンがあまりうまくいかずぎりぎりの一次突破でしたが粘土で高く評価してもらい結果は学科落ちでしたが3位でした。とても嬉しかったです。今まで以上に努力が実ったのを実感しました。
そのときに模試の結果を見に来ていた基礎科の時の講師の方に学科落ちを爆笑されたのですが一次受かれば受かるってことじゃんと言われかなり励みになりました。
それ以降はなんの根拠もなく一次突破したら自分は合格すると信じてやっていました。
二浪の入試直前の時は一浪のときよりも緊張してデッサンコンクールでクソみたいな結果を連発しました。

そして受験が始まったのですが、二浪の受験はいろいろと事故がたくさんありました。
まずはじめに受験票がなかなか届かず受験票を再発行して送ってもらいました。
つぎに、一次試験の3日前でした。朝から気持ち悪かったのですがコンクールの素描がある日で3時間だけなら耐えられると思ったので電車で池袋に向かいました。電車ですでに胃がむかむかしていて吐けば良くなりそうな気がして池袋に着いてすぐコンビニのトイレで吐き少し楽になりました。どばたについて素描の課題が出て自分の指定された席につくと尋常ではない頭痛がし、鉛筆を持つ手が動きませんでした。これは描けないと思い中断し、家に帰り、病院に行き、ウイルス性胃腸炎と診断され、38度の熱を出し、嘔吐+下痢の猛攻を受けました。
結局、2日後熱も下がりほぼ良くなったのでおぼつかない足取りでふらふらしながらどばたに向かい試験前最後のデッサンを描きました。
そして試験当日、再発行の受験票を握りしめ一次試験に臨みました。
デッサンは大分序盤で紙の目が潰れてしまい焦っていました。
そんな時にふと三浪することが頭をよぎりました。またセンター試験を受けなければならない。ふざけるな!と思い必死になって描きました。
結果、可もなく不可もなくというようなレベルのものを置いてきてしまい帰り際は本当に死んだ魚のような目をしていたと思います。

一次の発表が自分の中ではほぼすべてだったので発表があるまで本当に緊張が続きました。

発表当日は会場で自分の番号をみつけて本当に安堵しました。と同時に本当に喜びました。

もう後は肩の力を抜いて二次試験に挑むだけだ

そう思ってました。
いざ2次試験が始まるとほぼ伝説のように言われていた大石膏室での素描で緊張と興奮で手が震えました。
3時間本当に楽しかったです。こんな経験二度とないと思うので本当にいい経験ができました。デッサンであまりいいものを描けなかった分素描と粘土で巻き返さないとと思ったのですが素描もあまり満足のいくものは描けませんでした。
粘土は模刻だったらある程度は出来たので模刻が出ることを願っていたのですが、鳩でした。
ナマモノがあまり得意ではなかったので泣きそうでした。
しかし、講師の方が何が出てもガッツポーズしろと言っていたのを思い出したので、とりあえずガッツポーズしておきました。
自分は鳩は軽く足回りの空間が重要な鳥だと思っていたのでまず小割りを縦に4等分して建てた芯棒をつくりました。
モチーフの鳩は痩せていてとてもカッコよかったのですがあまり鳩らしくないと自分は感じました。
昼休みに昼飯を忘れていたことに気づいたのですが胃腸炎の影響かあまりお腹が空いてませんでした。しかし、何か食べないとだめだと思い友達にサンドウィッチを分けてもらいました。
午後、アトリエに入るとモチーフの鳩が太っていました。自分の中では衝撃的なことでした。鳩はこんなスピードで太るのかと。
ですが、午後の鳩のほうが鳩らしいと思ったのでプランチェンジしました。
大幅なプランチェンジのせいで鳩の全体像がおかしくなり結局残りの30分くらいに安定し始めました。
最後まで粘土を動かしていた記憶があります。

最終合格発表の日
1人で音楽を聴きながら電車に揺られて上野に到着。
正直ダメだと思っていたので変な気持ちで会場に向かいました。
上野公園を歩いていると合格の袋を持った人、何も持たずに泣いている人。日曜日で人が多かったのですが受験生たちは一目でわかりました。今まで味わったことのない緊張感を感じました。会場に着くまで吐き気がすごかったです。
会場についてから自分の番号があり信じられずに七度見くらいしました。
イヤホンを外すときに手が震えていました。嬉しいと同時に複雑な気持ちになりました。一緒に頑張ってきた仲間全員が入れる訳ではないという現実を見ました。
書類を貰いに中央棟にこそこそ向かっていたら講師に見つかり飛びつかれました。嬉しくて嬉しくて言葉にできませんでした。
これまで応援してくれた家族とすいどーばたに本当に感謝しています。

ここまでが自分の合格までの道のりです。

長くなりましたが
何を言いたいかと言うと
夢のために努力すれば夢に限りなく近づくことが出来るということです。

何ごとも諦めずにやれば必ず人は上達する。

自分は2年間すいどーばたで過ごしてそう思いました。
あと、
実技をする上で自分が大事にしていたことは
「見えたものを見えた様に表現する」ということでした。

最後まで読んで頂きありがとうございました。